ヒロシコ

 されど低糖質な日日

桐野夏生『ポリティコン』感想

桐野夏生さんの『ポリティコン』(上)(下)読みおわる。いきなり不穏な空気感のなかではじまるので、もっとオドロオドロシイ話になるのかと思ったけれど、「オ」が抜けたどちらかというとドロドロした話だった。読みはじめとおわりの印象がガラリと違うのは、まあ愛嬌かなあ。

山形県の冬は雪深い山村にトルストイの『イワンの馬鹿』に影響を受けた若者たちが創り上げた「唯腕(イワン)村」という農業共同体的な架空のユートピアがあるという体で物語は進行する。長い年月を経た村はいま、過疎と高齢化というどこにでもある問題に直面しており、経済はとっくに破綻していた。

そんななかで、ホームレスや脱北者(?)や彼らをビジネスとして組織的に支援する人や偽装結婚から逃げ出したアジア人妻らがあらたに入村してくる。ただでさえ閉じられた空間で複雑に入り組んだ人間関係に、さらなる軋轢が生じることに――。

主人公は村の創始者の直系の孫で、理由あって一時期東京で暮らしていたのだが、前理事長の死をきっかけに村へ戻ってきて新理事長に就任する。彼は逼迫した村の経済を立て直そうといろいろと知恵を絞り素人ビジネスに乗り出す。

たとえば、ヤクザまがいの男から金を借り(もちろん知らずに)、胡散臭い東京の外食チェーンと手を結び、マスコミの宣伝に乗りながらインチキまがいの有機農法や観光ビジネスにも手を染めていくのだ。

一方で、あらたに入村してきた謎の美少女にひと目で惹かれ、彼女に狂おしいまでに執着したことに端を発し、やがてまっしぐらに破滅への道をたどっていくという。まあこのへんは絵に描いたように見事な(!)転落劇だった。

いってみれば現代日本が抱える「グロテスク」な一面を象徴するかのような架空の村の狂騒が、稀代のストーリーテラーである桐野夏生さんの手にかかるとめっぽう面白い民話のようなものに生まれ変わり、一気に読ませる。

登場人物の誰ひとり好きになれず感情移入できなくても、物語の推進力はそれとは全然別のところにあるのだなあと不思議な感じがした。ときどき語りの視点が変わって飽きさせないことや、主人公の心の闇をまるで他人事と突き放しては考えられないことなど、惹かれる理由は探せばいくらでもあるのかもしれない。

と同時に、これはよじれた形のラブストーリーでもあり、結末はいっけんハッピーエンドのようだが、それよりも僕はまたあらたな悲劇のはじまりを予感させる非常にアイロニカルな終わり方だなあと思った。

タイトルの意味は本文中とくに語られることはないが、なんとなくそういうことかなあという想像くらいはできる。 

ポリティコン 上 (文春文庫)

ポリティコン 上 (文春文庫)

 
ポリティコン 下 (文春文庫)

ポリティコン 下 (文春文庫)