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『ドリーム』ネタバレ感想~時代の扉を叩き壊した3つのハンマー

『ドリーム』を見た。時代はまだ米ソ冷戦期の1960年代。宇宙開発においても互いにしのぎを削る両国。人工衛星の打ち上げ成功で一歩リードしたソ連に対しアメリカのNASAでは有人宇宙計画(マーキュリー計画)へのプレッシャーがますます高まっていた。その宇宙計画を陰で支えた3人の黒人女性(キャサリン、ドロシー、メアリー)にスポットを当てたのがこの映画なんですね。つまり『ライトスタッフ』の裏方版というか。彼女たちの並外れた天賦の数学の才とたゆまぬの努力と後天的に身につけた身につけざるを得なかったポジティブさがNASAの運命を握り彼女たち自身の運命をも左右したという話です。

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なにより彼女たちはまず自分の職務をまっとうするため人種差別・女性差別に敢然と立ち向かわなければならなかった。映画のなかには思わず目を背けたくなるような暴力描写やあからさまなヘイトスピーチがあるわけではない。けれど白人至上社会・男性中心社会にあって厄介なことに差別意識がいかに固定観念となっていたか。その残酷さ不公平さ不合理さは顕著に表れている。トイレが白人と黒人とでは別々で棟によっては黒人用のトイレすらないとか。そのため雨が降っていようがなんだろうが800mの距離にある別棟まで戸外を毎回毎回駈けてトイレに通わなければならないありさまだったり。コーヒーポットも白人用と黒人用では別々。黒人はどんなに優秀であっても人望があっても管理職にはなれない。たとえ希望の部署に転属するための資格をクリアしたとしてもそのつど黒人を締め出すためのあらたな厳しいルールが設けられてしまう。まるでオリンピックで日本がメダルを取るとルール変更があるみたいに。あとは女性は重要な会議には出席できない等々。NASAのような最先端の職場にしてそうなのだ。町の図書館も白人が入るところと黒人が入れるところではちがう。バスの座席もそう。白人専用の学校には入学したくても当然黒人には門戸が開かれていない。そういう描写が山ほどでてくる。差別している方はそのことを差別ともあまつさえ不自然だすら感じていないからなお質が悪い。おなじ黒人同士でも男性は女性を無意識のうち一段低く見ていたりね。もっともこの映画は『それでも夜は明ける』や『ヘルプ』などのように真正面から人種差別問題に取り組んだ力作というよりはどちらかといえばエンターテインメント性を前面に押し出していた。なので全体的には重苦しい雰囲気がそれほどないのが救いだった。後半なんて僕はもう滂沱の涙涙涙だったんですけどね。それとは別にとっても痛快なドラマでした。久々に胸がスカッとするような。ユーモアも溢れていたし。いやあ面白かったですよ。見てほんとうによかった。キャサリン(そうだこのひと渡辺直美さんそっくり)は具体的には宇宙船の軌道の計算や地球に帰還するときの着水地点の計算をする特別研究部で働くことになるのだ。いち計算係としてね。その部署の本部長がなんとあの『フィールド・オブ・ドリームス』のケビン・コスナーさん!(だからこの映画の邦題を『ドリーム』にしたというわけでもないだろうが)そのケビンさんがいい人でよかった。いい人っていうか合理的な考えを優先させる人だけど。人種とか性別とかより計画が成功するか失敗に終わるかにプライオリティのすべてがある人。でもそれがキャサリンのような本当の天才にとっては幸いだった。本部長なのだから部署のすべての権限がケビン・コスナーさんにはある。だから彼はジョン・グレンのような花形宇宙船飛行士を陰で支える裏方のなかではいちばんの日が当たるポジションにいる人なんだけどそういう彼が結果的にはいち計算係のキャサリンの陰みたいに行動しているのが可笑しかった。ジョン・グレンをして「彼女(キャサリン)がGOサインを出すなら僕はいつでも宇宙へ飛ぶよ」とまで言わしめる。キャサリンのあの嫌な直属の上司が最後には仕事をするキャサリンのデスクに黙ってコーヒーを置いていくのもなんかどこかで見たテレビCMみたいで愉快だったなあ。メアリーが白人専用の学校の入学許可をもらうための裁判でみずから裁判長に直訴した話の内容も素晴らしすぎた。感動した! なにごとも前例がないからこそチャレンジする価値がある。その先駆者になるチャンスですよと裁判長の心証をくすぐるようなことをいう。NASAにはじめてIBMコンピューターがやってきたときのエピソードも傑作でしたね。大型コンピューターはその大きさゆえに用意した部屋のドアから室内に運び入れることができなかったというの。いかにもありそうで。ドロシーはそのIBM室にこっそり忍び込んで担当者がどうしても動かせなかったコンピューターを独学の末あっさり動かしてしまった。そうしてのちに彼女はIBM室の室長になる。そればかりか自分の仲間の女性たちにも早くから勉強を勧め彼女らとともに颯爽とIBM室に乗り込んでいくシーンなんてホント興奮したなあ。くり返すが『ドリーム』はNASAで働く3人の黒人女性の計算係が主人公の映画である。彼女たちは人種差別・性差別を天賦の数学的才能(いわば理論的な力)で素敵に乗り越えていく。このことも既に書いた。だけど一方で僕が面白いなあと思ったのは肝心なときに時代の扉を開けるのはいずれもハンマーによる暴力的な破壊だったという点なんですね。映画のなかにも黒人デモなどの暴力的なシーンがニュース映像などで流れていた。でもそれとはべつに。キャサリンが黒人専用のトイレがこの研究棟にはないと涙ながらに訴えたあとそれを黙って聞いていた本部長自らハンマーをもって別棟にあるトイレの「黒人専用」という看板を破壊してこう言うのだ。「きょうからNASAには白人用も黒人用もない。自分のデスクから最短距離で行けるトイレを誰でも自由に使っていいんだ」と。それからこれも前述したIBMコンピューターが大きすぎて部屋のドアから入らないとわかったくだりで。担当部長は「入口の大きさぐらい計算できなかったのか」と皮肉とも怒りともつかないことを言ってやはりハンマーでドアを叩き壊させる。メアリーが裁判長に白人専用の学校に入学を許可してほしいと訴える場面ではどうか。裁判長がテレビや映画で判決を言うときにコンコンと叩く小さなハンマー(小槌)を持っていて実際叩いたかどうかは残念ながら僕の記憶にないからアレなんですがでもまあ裁判・判決とくれば例のあの小槌がつきものですよね。メアリーは彼女の必至な訴えの甲斐あって白人専用学校へ黒人としてはじめて入学を許可された前例となったのだ。まあ最後のは少々無理やりなこじつけの感じもありますが物理的に時代を変えたのはなんとも前時代的なハンマーだったと。そういうことも意識した演出だったのかどうかわかりませんが面白いなあと思いました。 

追記)ハンマーの件。あれから考えたのですが僕は「暴力的」とか「前時代的」とかいう言葉で書きましたがそういうことではなく単に「古い因習を打ち壊す」という象徴としてあのハンマーは使われたのではなかったのかなあと。そんなふうにも思いました。

ライトスタッフ (字幕版)

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