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~Ⅱ型糖尿病患者のありふれた日常~

『ダンケルク』(クリストファー・ノーラン監督)感想~イギリス版「二百三高地」みたいな話

『ダンケルク』(IMAX版)を見た。第二次世界大戦のさなか。迫り来るヒトラーのドイツ軍によってフランス北部の小さな港町ダンケルクに追い詰められた英仏連合軍40万人の兵士たち。陸地の三方を包囲され残された脱出経路は船でドーバー海峡を渡りイギリス本土へ帰還する方法だけだ。それだって敵は空からも兵士たちの行く手を阻んでくるし海にはそれこそどこに魚雷艇が潜んでいるかも知れない。そういった過酷な状況下での若い兵士たちの命からがらの撤退劇と彼らを援護する空軍パイロットやひとりでも多くの兵士を本国へ連れ帰ろうとする民間船の船長たちの勇敢な姿を描くことに特化した戦争映画だった。戦争映画というよりノーラン監督言うところのまさに生きて還るためのサバイバル映画でしたね。良くも悪くもそれ以上でもそれ以下でもなく。

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この映画の凄まじいところはいま書いたような状況説明をいっさい放棄している点にあるのだろう。そんなところが『スターウォーズ』とは決定的に違うところであんなふうに宇宙を流れるオープニング・クロールでざっくりとでも状況説明などしてくれない。状況説明どころか極端なことをいえば戦争の是非や敵味方の善悪の区別の判断をいっさい棚上げしている。そればかりかヒトラーもチャーチルもあまつさえドイツ軍の兵士たちの姿さえ画面には出てこない徹底ぶりだった。しかもややこしいことにノーランさんは3つの時間軸をあえて駆使しちゃったりなんかしたのだ。ふふふ。笑っちゃうでしょ。時間軸というのは「1.陸(防波堤):1週間」「2.海:1日」「3.空:1時間」これなんのことかわかります? そんなふうな字幕が出るんですよね。振り返って考えるにノーランさんせいいっぱいの思いやりなんでしょうけど。どんだけマゾなんだって。つまりそれぞれの物語は字幕で提示した時間軸(スパン)で進行しますよっていう事前通告だったのだ。親切すぎて涙が出そう。いちおう自分なりに頭を整理してみた。空中での戦闘機の攻防が1時間経過しているあいだに海での救出劇は1日経過していて防波堤でのあれやこれやには1週間経過しているということだと思う。逆に言えば防波堤での1週間の期間の話のなかに海の1日の話が混ざりこんでさらにそのなかには空の1時間の話も入ってくる。時間のマトリョーシカみたいな感じ? う~ん。つくづく僕は説明下手だなあ。まあでもそういうことなんだと思うよ。でそれぞれの陸・海・空のシーンは当然だけど順番にスクリーンに投影される(陸のシーンが終わったらはい次は海のシーンはい次は空のシーンと続く)わけではなく防波堤のシーンになったり海のシーンになったりまた防波堤のシーンが来たりかと思えば今度は空のシーンになったりと頻繁に交錯するのだ。いわゆるカットバックというやつな。そうして最後の最後クライマックスシーンで3つの異なる時間軸が完全に一致する。時間の辻褄があってくる。そこではじめてわれわれ観客はあーなるほどそういうわけだったのねと納得してカタルシスを味わうのである。というかその前にふつう気づくし。場面が切り替わるたびに昼になったり夜になったりするのはそのためだったのかと。最初少し戸惑ったけど途中で仕掛けがわかり場面転換のスピードにも慣れてくるにつれ平気になった。まあでもどうしてそんな複雑なことわざわざやらなきゃならなかったのかはいまだにわかりませんが。それがノーランさんの趣味だと言われたらこっちは黙ってつきあうしかないわけで。だからこそはじめに書いた程度の事前知識はできればあった方が映画を存分に楽しめるかもしれません。僕は幸いなことにダンケルクのことはコニー・ウィリスさんの小説『ブラックアウト』および『オール・クリア』(大森望訳)を読んでまだ少しは記憶に新しかったからよかった。余談になるが小説はタイムトラベルもののSFでオックスフォード大学の史学生3人が第2次世界大戦下のイギリスへ現地調査に派遣されるという話です。一人は郊外の屋敷のメイドとして派遣され学童疎開の実態を調査する。一人は灯火管制下のロンドンのデパートへ売り子として派遣され当時のロンドンの市民生活を調査する。そしてもう一人がダンケルクへアメリカ人記者として派遣されまさに今回の映画でも海の時間軸に登場した民間人の英雄を調査する。ついでに書いておくと小説もめちゃめちゃ面白かったからそうとう長い小説だけど機会があれば是非読んでみてください。話を元に戻します。えーっとダンケルクの話はそういうわけで史実なのでネタバレもへったくれもないからいいんだけど結局30万人くらいが英国本土へ帰還できたらしいのだ。要するにストーリーなんてはじめから決まっている話だ。結末も既にわかっている話。それでも映画にはぐいぐい引き込まれてしまう魔力があった。見てるあいだはすこぶる面白い映画だった。となると映画におけるストーリーってそもそもどれほどの意味があるんだろうなあとあとからつい懐疑的になってしまうのだ。例えば日露戦争での二百三高地の物語をもう何度も何度も見てきて最後の最後には旅順を攻略することがわかっているのにそれでも懲りずに飽きずにドラマは作られ続け見るたび乃木希典のドラマに僕らは胸を熱くしますよね。演じる役者が異なっていることもある。場合によっては主役が異なっていることもある。ディテールが異なっていることもある。まま歴史の解釈が異なっていることもある。視点が異なっていることもある。今回の『ダンケルク』はこれまでに書いてきたように3つの時間軸が複雑に交錯するという手法がひとつあった。戦争そのものよりも撤退する兵士たちとそれを援護する人々(それも戦争の一部ではあるが)に視点が置かれたということがあった。噂によればあれほどの物量のものをいっさいのCGを使わずに撮影したというこだわりもあったかもしれない。そして観客への状況説明なし。戦場における下級兵士たちの情報量というのもおおかたこんなものかなあと僕は想像してみるのだ。どんなことがあっても生き延びて本土へ還るんだという兵士たちの気概というか執念みたいなものは十分味わえたわけだ。いやそうじゃないなあ。僕らは絶対弾が当たらない坐り心地のいい椅子に坐ってときにはアイスコーヒーを飲みながらひとり心置きなくあるいは恋人と友だちと奥さんや旦那さんや子どもたちとIMAXの大きなスクリーンで臨場感たっぷりの音響設備のなかいままさにダンケルクから撤退しようとしている兵士たちだったのだ。 

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