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祝ノーベル文学賞! カズオ・イシグロさんのベストセラー小説の映画化『わたしを離さないで』ネタバレ感想

今年のノーベル文学賞(10月5日発表)は長崎県出身の日系イギリス人作家カズオ・イシグロさんに決まった。まったく予期してなかっただけに驚きとともに率直に言ってうれしい。イシグロさんの代表作とされる『日の名残り』も『わたしを離さないで』も僕の大好きな小説だから。感想をブログ(そのころはウェブ日記だった)に書いていたのだが残念なことに当時の記事はもうどこにも残っていない。探してみたら同名小説を映画化した『わたしを離さないで』(マーク・ロマネク監督)の感想を書いた過去のブログ記事(2011.4.14)が見つかった。原作と映画との関連性などについても触れています。カズオ・イシグロさんのノーベル賞受賞に便乗して再掲載します。

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2011.4.14 本当にネタバレしてます

『わたしを離さないで』(NEVER LET ME GO)を見る。とてもいい映画だった。ネタバレせずにこの映画の感想を書くことなど出来そうにないので、そういうのが気になる人は絶対これ以上先を読まないことを勧めます。はっきりと話の核心部分について触れています。カズオ・イシグロさんの原作小説の映画化。そしてこれはもう何万遍も語られてきたことかもしれないが、映画と原作の関係について考えずにはいられない。この映画がもし成功していたとするならば、その手柄がもともとの原作にあるのかあるいは映画化によってもたらされたものなのか。さらに原作を読まずに映画を見ると果たしてどういうふうなのかは、既に原作を読んでしまっている僕には遠く想像の及ばないことなのだが、これはラストで衝撃の真実が待ち受けているとかいうレベルの話ではなく、この映画の全体を覆うトーンとか色調にかかわる重要なことは、洩れなく原作小説のなかにあったと僕は思う。その上で小説は小説、映画は映画だと割り切ってなお、この映画だけは原作を先に読んでおいたほうがいいような気がする。キャシー(キャリー・マリガン)とトミー(アンドリュー・ガーフィールド)とルース(キーラ・ナイトレイ)は同じ寄宿舎で育ち、学び、友情が芽生え、恋をした。でもそこは外の世界とは隔離された特別な場所で、彼らはどこかにオリジナルを持つクローンであり、彼らの生涯はいずれ誰かに臓器を提供して死んでいく運命なのだった。そういうことは映画の冒頭部分でわりとあっさり種明かしされる。だとすると、これはクローンとしての苦悩を描くいっぷう変わったSF映画なのかというとそうではなく、ありきたりで成就されることがない若い男女の悲恋の物語の趣きなのだ。ジャンルで括ることのむなしさというか、むしろそういうものでは括りきれない豊かさを感じる。当たり前のように笑い泣き悲しみ悔しがり、食事をして絵を描きスポーツに興じ、恋をして嫉妬して、セックスも外出も許されたクローンたちが(という言い方はあまり好きじゃないが)、自分たちに待ち受けている過酷な運命をなぜ唯々諾々と受け入れているのか。なぜ彼らは逃げ出さないのか。もちろん管理されているのだろうことはわかるが、それにしても脱走の素振りさえ見せないのは不可解である。が、実はそのことがいちばん重要なことで、彼らは最初からもはや「逃げることさえ考えられない」人生を生きているのだ。なんと言ってもそこに大いなる悲しみがある。ならばいっそ人間らしさなど無意味な(というか邪魔な)ものでしかなく、クローンとしてクローンらしく育てたほうがよほどやさしく思いやりがある行為なのではないかとさえ思う。「かわいそうな子」と彼らの頭や頬を撫で同情を寄せることがどれほど残酷なことか。映画ではそのあたりのテーゼに、ひとりの新任の先生以外は誰も口をつぐみ、校長先生役のシャーロット・ランプリングさんが対峙することになる。彼女の威厳のある、そしてわずかに戸惑いを見せる演技は見事だった。けれど、結局のところいったいどこに希望の光を見出せばよいのか僕にはわからない。人は誰でもいつかは死んでいくのに、誤解を恐れずに言えば、どうせ死んでゆく誰かの命のために自分の生があり、その生を提供しなければならない運命ってなんだろう。彼らが求めるのは死から逃げることではなく、死をほんの数年だけ猶予してもらうことでしかない。そのごく控えめな望みに胸締めつけられる。それもただ愛する人ともうわずか数年一緒に暮らしたいというためだけに。皮肉なことに、彼らクローンの存在こそ、死を少しだけ猶予してほしいと願う人間の生への執着から生まれた結果でもあるのだ。あの未曾有の大震災になんでもこじつけて考えるのはよくないのはわかるが、それにしてもこの映画を(小説を)いま見る(読む)意味は大きい。死はいったいどこにあるの? 彼らにとって死は精一杯生きた証として生の延長線上にあるのではなく、死は生といつも隣り合わせに併走しているもの。生と死は通知ひとつですぐにも反転し死は生に取って代わる。生まれながらに死を生きているのだ。だから彼らは逃げない。そっと死を受け入れる。でもそれは小説や映画の主人公たちだけの話ではなく、僕らはわずか1ヶ月前に、その通知さえなく生と死がオセロのようにくるりと反転する瞬間を実際に見てしまったのだ*1。静かな詩情が全編を支配していた。慟哭さえもが静寂に包まれていた。イギリスの寒々とした風景に目を瞠った。「Never Let Me Go」と歌うせつなさを帯びた調べ。キャリー・マリガンさんのいい知れぬ哀しさを湛えた表情に、何度嗚咽がこみ上げてきそうになるのを堪えたことか。難破船で遊ぶアンドリュー・ガーフィールドさんの無垢なる顔がよかった。ルースがキャシーとトミーに、自分の嫉妬心から、本当は愛し合うはずだったふたりの仲を引き裂いてしまった過去を打ち明け詫びる海辺のシーンがよかった。あのときのルースの心中と、やつれたルースを演じるキーラ・ナイトレイさんの美しさと、目の前に広がる美しい景色がまさにひとつに溶け合う感じがした。 

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*1:東日本大震災