されど低糖質な日日

~Ⅱ型糖尿病患者のありふれた日常~

タイムマシンが発明されたらやってみたいこと

昔の自分に戻ってやり直したいとかいつのころなら戻ってもいいかという話になっても僕には戻りたいと思う過去などないしましてや清算したいと思う過去なんてものもない。誤解しないでほしいのはだからっていまがいちばんいいわけでもいまのままで十分満ち足りているわけでもないということ。それではなぜかというとどこに戻ってやり直しても結局はまたおなじことをくり返すだけのような気がするからだ。どこへ戻ってもしょせん楽しいこともツラいことも悲しいこともあったわけだから(と『ひょっこりひょうたん島』でも歌っていた)。だけどたとえば電信柱の陰にそっと身を隠し昔の自分や家族や友だちやあのころの町やあの時の出来事をのぞき見ることができるのなら僕にもそうしてみたいという気持ちはあるんだよね。タイムマシンが発明されて『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のようなツアーができるとしたら戻ってみたいあの日あの時あの場所は僕にだってある。もう一度会ってみたいと思う人は決して多くはないがいる。

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ありきたりかもしれないけど僕が生まれる前の両親には一度くらい会ってみたい。両親と僕と弟の家族4人で出かけた最初で最後の1泊旅行も遠い日の思い出だ。駅前の観光案内所で紹介されたさびれた旅館と夜ごはんに母親が頼んでくれた卵焼きとそのときテレビでやっていた田宮二郎主演のドラマ『白い影』。小学校の卒業式の前日に夜逃げした電気屋の長男で「大将」というあだなの友だちに卒業式の前日に戻って会いたい。会って離れた場所からでいいから「じゃあな」といいたい。生まれてはじめて女の子に告白した港の突堤の小さな灯台も懐かしいなあ。その彼女をなけなしの勇気を振りしぼって呼び出した本屋さんの前の貯水槽の上の公衆電話ボックスも遥か昔に撤去されたらしい。テニスコート脇の水飲み場ではじめての失恋をしたあの日。友だちにのせられ交際を申し込んだ台風の日の土曜日の放課後の教室の廊下側のいちばん前の席とすぐ後ろの席に俯いて座っていたセーラー服姿の彼女。大学生になってはじめて女の子が自分の部屋へやって来るというのでいそいで先輩の部屋にグラスを2個借りに走った大学の裏通りの下宿。長くアルバイトを続けたスナックの一段低くなったカウンターのなかで聴いたビートルズの古いレコード。奥さんとの最初のデートで行った麻布十番の小さな貸しスタジオの写真展。そこでいきなり僕は奥さんの親友に紹介された。彼女の旦那さんは写真展を主催するプロの写真家だった。それからまもなく同棲をはじめた西日が当たるエアコンのないアパートの2階部屋。上の子が生まれるとき「どうせあなたはそばについていてもなにも役に立たないんだから」と婦長さんにぴしゃりといわれひとり手持無沙汰で待った大学病院のうす暗い廊下。僕の田舎で僕らには内緒で親戚一同を集めて行われた結婚式の真似ごとのようなお披露目会。上の子の保育園のならし保育。子どもを保育園に慣らすというより子どもを赤の他人に預けるということに親の僕らが慣れるための数日間だった。まだ生きていたころの父親に一目会いたい。下の子がいる新生児室のガラス窓に顔を押しつけてなかをのぞく僕とお兄ちゃんになったばかりの小さかった上の子。下の子が我が家にやってきてはじめて家族4人で過ごした夜。子どもたちのそれぞれの入学式・運動会・卒業式などなどなど。死んだ父親の幽霊にでもいいから会いたいなあ。未来の奥さんに僕は死ぬ前に忘れずに「ありがとう」と伝えて手を握っているだろうか。まるでさだまさしの歌のようにね。そして子どもたちに「お母さんをよろしくな」と忘れずに後を託しているだろうか。あの日あの時あの場所に戻ってもう一度人生をやり直したいというのでなくあの日あの時あの場所の僕やあなたをただもう一度だけそうっと見てみたいだけなのだ。

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