ヒロシコ

 されど低糖質な日日

世界中のありとあらゆる小さな物語のうちで僕がくり返し思い出すもっとも大好きな物語

いまそこにある危機

72回目の終戦の日を前に米朝の緊張はよりいっそう増し、まさに一触即発さながら両政府首脳のチキンレースの様相を帯びてきた。すでに日本政府は内閣官房の国民保護ポータルサイトで、もし北朝鮮から発射された弾道ミサイルが日本国内に落下する可能性がある場合の行動について次のように注意喚起している。

できるだけ頑丈な建物や地下に避難すること。物陰に身を隠すか地面に伏せて頭部を守ること。屋内にいる場合は窓から離れるか窓のない部屋へ移動すること。また近くにミサイルが落下した時の対応としては屋外にいる場合は口と鼻をハンカチで覆いながら現場から直ちに離れ密閉性の高い屋内の部屋または風上に避難すること。屋内では換気扇を止め窓に目張りをして室内を密閉するよう指示している。

このpdfファイルはさっそくプリントアウトされ僕の住む町の町内会の回覧板としても回ってきたし、なんと僕の職場の休憩室のいちばん目のつく場所にもでんと貼り出されているのだ。近くにミサイルが着弾した場合にとるべき行動なんて、なんだか非現実的で笑いごとみたいだけど実際問題としてけっして笑いごとでは済まされない事態なのだ。

人によってはあれは両政府首脳が表向き熾烈な言葉の応酬をしながら、水面下では継続的に粘り強く交渉を行っているのだと楽観的に解説する。またある人は長年の積もり積もった両国間の感情のしこりが、ほんの些細な言葉の齟齬で一気にその沸点を超えてしまうことだって考えられなくはないという。いずれにしろ一発のミサイルが戦争の引き金になることはあるだろう。

あのいたましい悲劇がふたたびくり返される可能性だって十分あるのだと僕らは心しておいた方がいい。

 

僕がとっても大好きで大切にしている話

毎年終戦の日が近づくにつれ思い出す話がある。他人にとってはかくべつ面白くもないふつうの話であっても、自分だけは何度も何度もくり返し思い出しては人に話して聞かせ、あちらこちらにそのことを書きたくなる、事実書いてしまっている話というのがあるのだ。

僕がとっても大好きで大切にしている話をまた性懲りもなく書いてみます。それは死んだ父親から聞いた、父親がまだ小学生だったころの古い昔話だ。家から学校へ通うまでの道のりのちょうど真ん中あたりに火の見櫓(やぐら)がある。火の見櫓というのはかつて高いところに見張り番がいて、火事を早い段階で見つけたり町内の人に半鐘を鳴らして知らせるいってみれば見張台ですね。

まだ戦時中だったものだから先生からは、「もし登校途中で空襲警報が鳴ってそれが火の見櫓の手前にいるときだったら急いで家へ戻るように。それが火の見櫓を越えたときだったら急いで学校へ避難するように」という指示があったとか。

ちょうど北朝鮮により発射されたミサイルが日本の上空を飛んだり近くに着弾する可能性がある(Jアラートが鳴った)場合の行動指針みたいなものかもしれない。なので父親たちは毎朝みんなでしめしあわせて火の見櫓の一歩手前のところまできたら、そこから走ればギリギリ学校にまにあう時間までその場で足踏みをして時間稼ぎしていたそうなのだ。決して火の見櫓を越えないように。空襲警報鳴らないかなあと内心思いながらね。

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空襲警報が鳴って米軍機が上空から爆撃を仕掛けてくる死の恐怖より、現実問題として学校を休めるよろこびの方が子ども心には勝っていたというこの逸話は、不謹慎ながらとても面白い。これは死んだ父親から聞かされた僕が覚えてる唯一の父の戦争体験でありいかにもあの人らしいユーモアあるエピソードだなあと思うのだ。

世界中のありとあらゆる小さな物語のうちで僕がくり返し思い出すもっとも大好きな物語です。

父の話に出てくる生死よりも大事な登校のありかなしかを隔てる火の見櫓は、僕がまだ子どものころにもかわらずおなじ場所にあった。近くの中学校が業火に包まれたときにも、この火の見櫓の半鐘が夜の闇にいつまでも鳴り響いていたことを覚えている。

父のたったひとりの兄といちばん上の姉の旦那さんは戦争に行って死んだ。僕は仏壇に飾られた古ぼけた白黒写真でしかその顔を知らない。自分ではちっともわからないが、僕は小さいころから父の死んだお兄さんに似ているといわれてきた。

父の姉たちから父の兄が生前熱心に収集していた切手をそっくり譲り受けたのも僕だった。僕自身がもっとも身近に戦争を感じた記憶は他にある。家の近くの裏山に掘られた防空壕に母に連れられ入ったときのことだ。

防空壕というのは空襲の危険から逃れるために掘られた穴のことですがまだそこかしこに防空壕は残っていて町内の人たちの食物の共同貯蔵庫としてちゃんと現役で使われていたのだ。 

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