されど低糖質な日日

~Ⅱ型糖尿病患者のありふれた日常~

僕が考える読書感想文の書き方~あらすじと自分語りについて

このようなブログを読んだ。

www.kinakoneko.com

読書感想文の書き方についての内容だった。ここに登場する先生のアドバイスはわかりやすく、なるほどそういうふうに書けば多くの人の共感を得られるのか、と感心した。ご本人は苦手であると謙遜するが、猫野きのこさんのようにもともと本を読解する能力にも長け、文章を書く素養があり、なおかつこの先生のような的確なアドバイスがあれば、コンクールで最優秀賞をとることもできるのだろうなあと思った。

まもなく夏休みを迎える学生たちにとっては、恒例ともいえる読書感想文の宿題。それにはこのブログはとても参考になるだろう。ただし、そうやって出来上がった読書感想文を本当に面白いと思うかどうかについては僕はちょっと懐疑的だ。実際読み比べてみなければなんともいえない話だが、先生のアドバイスがあって書き直す以前の、きのこさんが最初に書いた感想文の方に僕はより興味を惹かれるし、実は読み物としてはそっちの方が断然面白かったのではないかなあ、と思う派ですね。

感想文の出来という観点からいえば、書き直したあとの方が出来はうんとよかったのでしょう。まあそれも僕の個人的で無責任な感想で、当のきのこさんにはなんらかかわりもないことですが。というのは実は今回のエントリのとっかかり。まさか僕自身はくだんのブログの先生のように誰かに読書感想文の書き方をアドバイスできるような能力はない。そうではなく、読書感想文にまつわる話になると僕にはかねがね悩みというか疑問に思っていることがいくつかあるので、いっそそのことについて書いてみたい。

僕もいまのブログをはじめるずっと以前からべつのブログで、それなりにたくさんの読書感想文を書いてきた。そんな僕には、そもそも広義な意味でのSNSで、書評家でもない素人の赤の他人が書いた本の感想など誰が読みたがるだろうか? 読む人などいるのだろうか? という疑問がまず真っ先に思い浮かぶ。ツイッターのようについ目に入ってしまう短いコメントならいざしらずだ。

あ、著者はべつ。著者はそりゃあ他人の評価が気になるだろうし。いわゆるエゴサーチってやつですか。書いただけで満足という作家がいないとも限らないが、それだって自分の作品が好意的に受け入れられたらやっぱりうれしいだろうし、反面怖さや、理不尽で筋のとおらないただ批判的な感想に対しては当然憤りもするでしょうし。

あと、自分もその本を読んだよという人。そういう人は、自分と同じものを自分以外の人が読んでどう感じたか、どう評価しているのかということが気になる場合もあるかもしれない。問題は、感想文の対象となってる当該の本(この場合は小説を想定してますが)を、まだ読んでないという人です。もしくは読む予定もないという人。

そういう人にとって、他人の感想なんていったいどんな価値があるのだろう。価値というか、そもそも需要があるのだろうか。そこで思うのは、多くの人はせいぜいそれらを作品の紹介文かなにかだと勝手に解釈して読んでいるに違いないということだ。なにか、というのは、紹介文でも解説文でも推薦文でもとりあえずそのへんはなんでも構わないからなのですが。

つまり、他人の感想文を読むことによって、間接的に自分もその本を読んだつもりになったり、あるいは自分が読む本を探すときの手がかりにするためのね。するとそこには、小説の内容をざっくりとでもわかりやすくまとめてくれているか、せめて出だしのストーリーだけでも簡略に教えてくれる、その感想文を読むためのいわば海図になるような「なにか」が必要になのかなあと思う。その「なにか」とは、あらすじです。

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あらすじがなければその感想文が、(たとえタイトルはあるにせよ)いったい何について書かれたものなのかさえわからないことだってあるだろうしさ。というふうな経緯でもって、(僕の場合も)乱暴にいえば感想文というのは名ばかりの、ほとんど全編あらすじだけでできた似非感想文がポンと一丁上りと相なるわけだ。あと、ちょこっと「面白かった」とか「つまらなかった」とかのホント簡素な心情を添えた程度のね。

もしそれで字数が足りないふうだったら、ときには重箱の隅をつつくような文章上の特徴や誤りを指摘してみたり、大筋とはおよそ関係ない当たり障りのない個所について如何にももっともらしく意見を述べることもある。もしくは、思い切って自分語りに持っていくとか。いちおう登場人物の置かれた境遇やそのときの心理状態に即しながら、自分ならどう思うかどう行動するかを考えそれをダラダラと書く。

でもそれもまだ良心的(?)な方で、ときには内容そっちそけで、小説のテーマだけ借りてあとはそっくり自分の経験を語ってしまうという手だってある。そうなるともはや感想文なのかエッセイなのかわからない。以前、新聞かなにかの記事で、感想文の書き方のアドバイスを求められた中学受験塾の先生が、「本を読んで思い出した自分の体験を書けばいい」と答えていることに対して、僕は生意気にもこんなふうに思った。

テクニックとしてはあるだろうが、自分の体験ばかりじゃあ作文といっしょ。内容そっちのけで、つまり本のことではなく自分のことばかり書くというのは、どこか本と正面から向き合ってないような気がする。小学生に、そういうテクニックを教えることが本当にいいことなのかと考えてしまう。それだったら全編あらすじだらけになった感想文の方が、僕はよほど読むのが楽しいだろうなあと思う。あらすじを書けるということは、少なくとも本と向き合った証拠なんだから。もちろんそういう感想文がコンクールの賞を取れるとは思わないけどね。

いやいやいや、あえて誰かを糾弾したりあるいは僕自身について弁明するつもりはないんですよ。そうではなくて、いつも僕が純粋に悩み考えるのが、「感想文にあらすじは必要か?」ということなのだ。「感想文に自分語りは必要か?」ということなのだ。このエントリのはじめの方にも書いたように、例えばあらすじがない感想文を読むことは、書いた当人はまだしも感想の対象となった本を読んでない人にとっては、さっぱりなんのことかわからないただの苦痛な体験でしかないだろうなあと。

あらすじと一概にいっても、冒頭に簡単なものを書いておくパターンで、しかるべきデータベースから引用しておくやり方もあれば、感想文の途中で折に触れてあらすじを書き足すというやり方もある。どちらのやり方にせよ、あらすじを書く書かないという問題ひとつとっても(勝手に問題にしていますが)、事実僕の中に結構しつこい澱というか大きな塊として存在し続け、ずっと以前からひとり悶々と悩んでいたのだ。

はっきりいうと、あらすじをいっさい書かない、自分語りに転嫁しない、そういう読書感想文というのが本来僕の理想です。まあ他にもいくつか理想はありますが。それでも感想文を読んだ人が、おおよそどんな本だったかわかり、なにより自分も実際その本を手に取って読んでみたくなるような。その感想文が読み物としてひとつの作品にまで昇華しているようなね。あるのかそういうの? という感じですが。

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いまはネットでプロアマ問わずいくらでも感想やらレビューやら書評やらが見つかる時代だから、いざ自分が書く段になったとき、参考にしようと思えばいくらでも参考にできて便利ですよね。ただそいうのをつい見てしまったら、今度はそっくりおなじになぞらないよう腐心しなけらばならないという弊害もある。パクリとかコピーとかってそれはそれですぐわかっちゃうし。なので、却って気苦労の方が大変かもしれない。

僕が子どものころはもちろんネット環境もなかったし、小さな田舎町の図書館や学校の図書室はそれほど蔵書を抱えているわけではなかったので、学校の宿題で読書感想文が出ると、参考にできる作家論とか作品論はごく限られていた。文庫本の巻末の解説だけが頼りだなんて、心細いこともあった。

先生のなかにはあらかじめ、あらすじを書いちゃダメだとか、作者の略歴などで行数を稼いじゃダメだとか、それなりに厳しい縛りを課せられてがっかりすることもあった。そういう場合のダメというのは、もし認めてしまったら、あらすじと著者の紹介だけで原稿用紙を埋めてしまう不届き者が続出するのが、目に見えてわかったからなのでしょうけど。

ときどき僕は、いまこうしてブログ(SNS)に読んだ本の感想を書いているのが不思議だなあと思うことがあるのだ。そしてあいかわらずあらすじをどうしようかなどと悩んでいる。まるで進歩がない。どこかのデータベースから引き出して、最初にどんとあらすじを提示してしまえばあとが楽だなあとか。あらすじを上手にからめながら書く方が書きやすいなあとかさ。

ときにはあらすじなど一切無視して、まるごとそっくり自分に引き寄せ自分の言いたいことだけ書くという禁じ手もこの際ありにしようとか。つまり本の感想という体の自分語り。それでも大人になったいまなら誰からも叱られることがない。落第点をもらうこともない。自分のブログに書いている分には誰かに書き直しを命じられることもない。宿題じゃないから、面白いし、楽しい。ひっそりとした自慰行為というだけで。あれ、なんか切ない話になっちゃった。

最後にひとつ。学校の宿題じゃない感想文では、ネタバレの問題も忘れてはならないでしょうねえ。肝心なその小説の核心部分についてあれこれいえないという。でもそこを云々かんぬん議論することこそ本来の感想であり批評なのではないかという。その境界線が非常にデリケートでやはり悩ましい問題です。まあネタバレ問題については、書き出すと長くなるのでいずれまたエントリをあらためます。

というわけで、思いつくままバラバラまとまりのないことになってしまったが、感想文を書くに当たって、いろいろと難しいのを承知でそれでも面白いからやってるんだという結局弁解かよ、という内容でした。乱暴に感想文と言葉をひとくくりに書いていますが、そこはブログの記事でも学校の宿題でも、なんなら批評でも批判でも解説でもレビューでも構わない。厳密にいえばそれぞれ違いはあるだろうが、便宜上同じようなものとして一度考えてみた。

それからもうお分かりだと思うけれど、このエントリ自体、他人のブログを読んだ感想という体を借りた完全な自分語りなのでした。あ、ちなみに僕はこんな読書感想文を書いています。もしよかったら読んでみてください。

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