されど低糖質な日日

~Ⅱ型糖尿病患者のありふれた日常~

がんもどきと水平のおばあちゃん

お休みの日のお昼ごはんに突然がんもどきが食べたくなった。がんもどきは、煮物に使ってもおでんの具にしてももちろんおいしいが、僕はだんぜんフライパンで軽く焼いて、大根おろしとかつお節と葱を添え、上からま~るくわざびしょうゆをかけて食べるやり方がいちばんいい。しょうゆは焼いているときにもちょっとだけ垂らす。しょうゆの焦げる匂いがまたたまらないのだ。 

がんもどきは、もともとは豆腐だけど揚げものだから案外カロリーは高いんですよね。つぶした豆腐にどんな具材を混ぜ合わせるかによっても多少の違いはあるだろうが、一般的には100g当たり228kcal、豚ロースとか鶏もも肉と同じくらいのカロリーがあるといわれている。まあでもそれくらいのカロリーはさほど気にするほどでもない。その代わり100g当たりの糖質量は0.2gで、これはもうかなり優秀な糖質制限食材なのだ

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がんもどきは、「雁もどき」という名前があるくらいで、雁の肉と似て非なるものなんでしょうが、そもそも雁の肉というものを僕はこれまでの人生で一度たりとも口にしたことがないので、がんもどきがはたして本当に「雁のもどき味」なのかどうかは知る由もないのです。

という能書きはともかく、そのがんもどきを急に食べたいと思い立ち、ときどき寄る商店街のお豆腐屋さんまで散歩がてら出かけたわけだ。この夏の(というかまだ梅雨だけど)最高気温を記録した昨日に比べ、今日はいくぶん過ごしやすかったとはいえ、湿度はそれなりにあってちょっと歩くとすぐにも汗ばむような陽気だった。

目指すお豆腐屋さんに着くと、シャッターは八分がた開いたままなのに、古ぼけたガラスケースのなかにはどうも商品が陳列されている形跡がなかった。店のどこからも湯気が上がってないし、ひび割れたコンクリートの床がちっとも濡れてなかった。と、偶然奥から、水平のおばあちゃんがのっそり現れた。

水平のおばあちゃんというのは、そのお豆腐屋さんのおばあちゃんのわが家での愛称で、腰がほぼ直角というか上半身が地面と水平になるくらい曲がっているから、僕らは親しみを込めてそう呼んでいた。

はじめてこのお豆腐屋さんで僕ががんもどきを買ったとき、家に帰って袋を開けると、大きながんもどきに混じって小さながんもどきが2個、頼んだぶんより多く入っていた。なのに実際支払った代金は頼んだぶんちょうどだったから、てっきり水平のおばあちゃんがお釣りをまちがえたのだと思い、翌日余分にもらったぶんを返金に行ったのだ。

そうすると、「いいのいいの、売れ残ったやつだったからサービスしといたのよ」といって、水平のおばあちゃんはどうあっても僕のお金を受け取ろうとはしなかった。それ以来、気が向いたらたまに寄って、ときにはおからをただ同然でゆずってもらったり、売れ残った小さながんもどきをおまけしてくれたりするようになった。

「おばあちゃん、もうお店やってないの?」と僕が尋ねると、水平のおばあちゃんは、ふだん真下を向いた顔をそのときだけはちょこんとひねるようにして僕の方を見上げ、「もうやめちゃったの」とぽつりといった。「そりゃあ残念だなあ」と僕は本心からいった。「みなさんそうおっしゃってくれるんですよ」とおばあちゃんはいった。

おばあちゃんの話によれば、もう自分の体が動かなくなって跡を継いでくれる人もいないから、お店を閉めざるをえなかった、ということだった。お豆腐をつくる力仕事は、それまでも身内の誰かほかの人の手を借りていたのだとは思うが、僕は店で娘さんなのかどうか(といっても結構年輩の)女の人の姿を一度見かけたきりで、あとはおばあちゃんしか知らないから、そのあたりの事情についてはまるでわからない。

「わざわざここのがんもどきが食べたくて買いに来たんですよ」と僕はいった。「あら、うれしいわ」と、おばあちゃんはかつての女学生のような口調でいった。あるいはしわくちゃの顔をほころばせていたのかもしれないが、なにしろコンクリートの床と水平に下を向いたままなので、そこまではうかがいしれなかった。

買いそびれたがんもどきのことなんかより、水平のおばあちゃんとの立ち話が無性に名残惜しかったが、「お体お大事に」と僕は声をかけてその場を立ち去った。結局、僕はお昼ごはんを食べず、ココナッツオイルを多めに垂らしたコーヒーでいつもの薬だけを胃のなかに流し込んだのだった。

あ、そうそう。がんもどきは大豆製品であり糖質制限(ダイエット)にはもってこいな食材ですが、カロリー制限(ダイエット)をしている人にとっては、ヘルシーそうにみえて案外カロリー高いから注意してくださいね。大切なことなのでくり返しました。