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されど低糖質な日日

~Ⅱ型糖尿病患者のありふれた日常~

梅雨入りを前にして、暑い夏はこの北欧ミステリーを代表する3シリーズを読んで乗り切ろう!

沖縄地方はもう梅雨入りなのだとか。東京もこのところ毎日初夏の陽気で、衣替えを前にして僕は早くも半袖姿で暑さをしのいでいます。ただ本番のあのうだるような暑い暑い酷暑の日々がやってくるのはこれから、いまから既に十分気が重いですね。というわけで今回は、暑い夏を乗り切るための準備として、僕が個人的におすすめする北欧のミステリー小説を代表するシリーズを3つ、誰に頼まれたわけでもないですが紹介かたがた、かつて僕が別のブログで書いた簡単な感想を再掲してみました。いずれも定番中の定番ですが、できればいまのうちに是非読んでほしい(絶対読んで損はしない)作品ばかりですよ。

 

 特捜部Qシリーズ(デンマーク)

『特捜部Q―檻の中の女―』

ユッシ・エーズラ・オールスンさんの『特捜部Q』シリーズ第一作目。すばらしく面白かった。なにも文句ナッシング。

デンマーク・コペンハーゲン警察の刑事カールと、助手のシリア系移民アサドは、署内の地下室に新設された「特捜部Q」というふたりだけの部署に所属する。特捜部とは名ばかりで、実質、警察内部での予算を確保する名目でつくられた部署なんだけどね。おもな任務はというと、いったんは迷宮入りとなった事件を再捜査すること。

そこでふたりが初っ端にとりかかったのが、女性国会議員の失踪事件だ。しかも当時彼女は野党第一党の副党首で、なかなかの勢いも人気もあった。失踪現場の状況からみて、彼女は自殺か他殺か? 自殺にしては動機が不明だし、他殺にしては犯人の手がかりすらつかめていない。なにより彼女の死体がいまだどこからも発見されていない。

主人公カールの人物造形がいいよね。およそハードボイルドとは縁遠い(僕こういうの大好き)、いっけんヨレヨレのいわゆるダメ中年ふう。といっても、根っからのダメ人間じゃないことは、徐々に明らかになる。かつて遭遇したとある事件によって、心身ともにそうとうなダメージを受け、いまはまだそのリハビリ期間というか、すっかりやる気もなにもなくした状態なのだ。

そのある事件についても、本作ではメインの事件のあいまあいまに少しずつ語られる。カールは本来そうとうやり手の敏腕刑事といってもよく、その片鱗がちょいちょい垣間見られるのは読んでいてシビレルところなのだが、ではどうしていまのようなやさぐれた感じになってしまったのか、そのへんの謎が同時進行的に楽しめるのもよかった。

さらに助手のアサドという人物だ。ある意味カール以上に優秀で、だけど警察官ではなく、あくまでも助手として雇われた謎の人物なんですよね。優秀なわりに最新式のコピー機の使いかた知らなかったり、けっこうドジな失敗したり、それさえもわざとやってる可能性だって否定できないとか。なにやら裏の組織ともつながりありそうで、まったく油断できないヤツ。

このアサドのおかげでカールのやる気に火が点くわけで、僕ら読者にしたらアサドという人物の存在感は、彼自身の謎でまず強く惹きつけられ、なおかつ物語(事件の解明)を推進する大きな力になってるというか、ストーリー上のややこしい部分を一身に引き受け、お膳立てしてくれるありがたい存在なんだといえる。

カールとアサドの凸凹コンビが、ときに腹のなかを探り合い、ときに腹蔵なく意見を闘わせながら、次第に成熟していく過程はやっぱり読んでいてわくわくするところだ。そして、シリーズ化を考える上において、コンビ誕生の秘話が読めるのはこの一作目だけに与えられた特権だろうと思う。

あと、カールの別居中の奥さんとか、義理の息子、奇妙な同居人、元同僚の刑事、上司である刑事課の課長など、こういう多彩な人たちの存在はシリーズをいっそう豊かなものにするだろうなあという予感がする。もちろん単発の作品としても十分楽しめる人たちだった。

北欧ものは事件の内容がことさら凄惨だとはよくいわれることですが、本作も例外ではない。日本語サブタイトルである程度ネタバレしているようなものなのだけど、檻の中に(というかそういう堅牢な施設に)閉じ込められた女が、つまり失踪した女性議員のことだが(スミマセーヌ川)、彼女が受ける拷問がとにかくむごたらしいったらない。

具体的にはその手段もこの小説のユニークポイントのひとつなので書かないけども、ジワジワ系のそうとう強烈なやつで、彼女を襲う恐怖というのがいったいいかばかりのものかは、とても僕の想像で計り知れないほどだった。

構成も考えられており、現在のカールたちが捜査を再開した時間軸と、かつて彼女が失踪した時間軸とが、交互に並行して語られ、それがだんだん近づいてくるという仕掛けにすっかりやられる。必然的にふたつの時間軸が交錯した瞬間が、事件が解決するときか、あるいは閉じ込められた女が……、という瞬間なわけだからね。

ということを読者は(僕は)、まるで神様の視座にあって観察できるのです。あたかも犯人が監禁した女をどこからか覗いていたぶるように。カールとアサドが事件のほんとうの深淵を覗きこむようにね。僕にしては珍しく途中で事件のあらましと犯人のおおよその目星がついて、結果はだいたい当たっていたけれども、でもそんなことあまり関係ないくらい面白かったなあ。 

特捜部Q ―檻の中の女― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1848)

特捜部Q ―檻の中の女― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1848)

 

  

 

『特捜部Q ―キジ殺し―』

今回から新しい仲間のローセ(という女性)が特捜部Qに加わった。シリーズ第2作目。『ゴッドファーザー』PART IIがⅠより面白かったように、このシリーズも僕は2作目の方がだんぜん面白かったなあ。事件はね、前作よりよほど暗く陰惨でムナクソワルイ。それも単発ではなく複数の事件。そしてミステリーとはいっても、犯人のめぼしはほぼはじめからついている。

エリート寄宿学校の5人組。在学中から卒業後もときおり集まって、キューブリックの『時計じかけのオレンジ』をくりかえし見てはコカインをやり、暴力、強姦、脅迫、口封じ、殺人、とありとあらゆる犯罪に手を染める。それも愉しみながらね。やってないのは強盗くらいなものなんだけど、それは彼らが大金持ちだから。

なにしろ病院の経営者や、有名なファッション・デザイナーや、証券会社の社長や、舶会社の社長など。親が金持ちの二世だったり、なかには父親を越えてさらに大物になったものもいる。いずれもいまではデンマーク社会の中枢を担う超セレブたちだ。

しかもその寄宿学校の卒業生はほかに政治家や警察組織にもいて、それぞれデンマーク社会で重要な地位を占めている。彼らのタテとヨコのつながりはとくに強固だ。したがってカールたち(の上層部)に圧力をかけて捜査をストップさせることなど朝めし前ときた。

サブタイトルの「キジ殺し」というのは、つまり彼らの共通の趣味というか嗜みというか、エリートの象徴としての狩猟、キジ撃ちを意味している。まえにも書いたが、ミステリーとはいっても犯人を推理するより、犯行の証拠をひとつひとつていねいに集めて、犯人グループを追いつめていくのがストーリーの骨子なんですね。あとそれと、犯人グループの内紛にカールたち特捜部Qが巻き込まれていくという。

この内紛がまたすさまじい。グループ唯一の女性が、実は行方をくらましホームレスをしているという設定なんだけど、この女がまあタフで残忍で、でもやさしい面もちらりとあって、どの顔が真実ナンダロウという興味もわくという。そういうところでストーリーを最後までリードしていく。このシーリーズ、女の人がとにかくタフだ!

終盤、カールとアサドに絶体絶命のピンチが迫ってくるところなんて、緊張で息がつまるかと思うくらいまさにクライマックスにふさわしい場面だった。それまでの捜査部分がとくべつ地味なだけに、いかにも映画化を意識したような派手なアクションは読み応えあったなあ。あと、随所にユーモアが挿みこまれているのもあいかわらずよかった。

特捜部Qのメンバーは、カールは依然、同僚を死なせあるいは寝たきりにした未解決事件の陰を引きずったままだし、アサドは鋭い勘が働く反面、なにかにとらわれてるふうで、それがときとして捜査を混乱させるような感じがしなくもない。新人のローゼもアサドに負けないくらい有能だけど、こっちもいわくありげで、(カールにとって)どうにもかわいげのない女性なのだ。

この三人のチームは、息が合ってきてるんだかどうなんだかわからないが、とにかくどんどん面白くなっていくんだよ。前作から引きつづいて登場する周辺の人々の個性も、少しずつくっきりしてきた。とくに僕は殺人課の課長(カールの上司)が、案外人間味があって好きですねえ。

まあ最終的に事件は解決するわけで(あたりまえ)、だけど結局ほとんど誰もよろこばないというふうなね、悲しい結末を迎える。だいいち事件の発生から10年20年と経過して、風化してるとはいわないまでも、加害者も被害者もその関係者もそれなりに歳をとって生活環境も変わってる。なかにはもう事件のことはそっとしておいてほしいと願っ
てる人もいるだろうしね。

それが迷宮入り事件の捜査の宿命という気もするし、むしろ虚しい現実を突きつけられるだけのようで、なんかね、安易によかったよかったで終わらないところが、「ああそうだ、それこそこのシリーズの真骨頂ではないか」と思った。面白かったです。 

特捜部Q ―キジ殺し―― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1853)

特捜部Q ―キジ殺し―― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1853)

  • 作者: ユッシ・エーズラ・オールスン,吉田薫(翻訳),福原美穂子(翻訳)
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2011/11/10
  • メディア: 単行本
  • 購入: 1人 クリック: 20回
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『特捜部Q ―Pからのメッセージ』

シリーズ第3弾。ますますパワーアップしてました。本も厚くなって。超おもしろい!今回は海岸に漂着したボトルのなかから謎の手紙が発見されるというプロローグ。手紙の冒頭部分だけは「助けて……」とかろうじて読みとれるが、あとは紙が腐食しているのと文字が欠落しているのとでほとんど判読できない。ただ、もう何年も前のものだろうということはわかる。

それでもなんとか読み解こうとがんばった結果、手紙の最後に書いた人物のイニシャルだろう、"P" という文字が浮かび上がって。本書のサブタイトルの由来はここから。このボトルメールの謎が、終始一貫してストーリーをぐいぐいと推し進めていくことになるのだ。

一方で、現在進行形の事件もじわじわと起きつつあるのだけれど、こっちは未だQの面々の知るところとはならない。新興宗教にのめりこんでいるそれなりに裕福で子だくさんな一家を狙い、まだ幼い子どもたちのなかからふたりだけを選び誘拐するという事件だ。

用意周到な準備期間を経て、当日の行動といい犯行の手口に至るまで、実に巧妙に冷徹にスケジュールを組み立てていく犯人。まさに身の毛もよだつとはこのこと。しかも犯行の裏側で(というか本来そっちが表なんだけど)、平気で妻子との日常生活を送ることができるやつ。

犯人は子どもたちを誘拐してどうするのか。それは実際読んでみてくださいということになるが、まあとんでもなく残酷で卑劣な犯行を考えついたものだと小説のことながら恨めしく思うね。実は時間軸にはもうひとつ、この犯人の生い立ちというサブストーリーが存在して、そっちも読むだけで気が滅入るような内容だった。

けっして比喩的な意味ではなしに、カール・マーク警部補とこの犯人と、どっちが主人公で、どっちによりページ数を割いているかわからなくなるくらい、ある意味傑出した悪党の人物造形ぶりだといえるかもしれない。

まあそれだけに、犯人が捕らえられた直後の本文ラストシーンのせつない一行には胸が張り裂けそうになった。いや、犯人に同情するとかもちろんぜったい赦される犯罪ではないですが、怪物も生まれたときから怪物というわけではないんだなあという、むしろ怒りのような感情がふつふつと湧き上がってくるのだった。

なんといっても構成が見事すぎる。ボトルメールの謎と、現在進行形の事件とが、どこでどうつながるのかヒリヒリしながら読むことになるわけだ。これに、警察内部のべつの課がてんてこまいしているまたぜんぜんべつの事件と、主人公カールの記憶からけっして拭い去ることができないかつての事件の陰とが微妙に交錯するのもいい。ユッシ・エーズラ・オールスンさんのこと、ぼくは「時間軸の魔術師」と呼んでもいいと思うよ。

あと、前回から仲間に加わったばかりの秘書ローゼが、なんとへそを曲げて出勤してこなくなるとかね。でもその代りローゼの双子の姉ユアサが特捜部Qへやってきて、当たり前のように代役を務める。警察上層部も慢性的な人手不足の折からそれをなんの咎めもなしに認めているという。笑っちゃうけど、そういう細やかな設定がいちいち楽しくて飽きさせないんだよなあ。100点。 

特捜部Q ―Pからのメッセージ― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

特捜部Q ―Pからのメッセージ― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

  • 作者: ユッシ・エーズラ・オールスン,福原美穂子,吉田薫
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2012/06/08
  • メディア: 単行本
  • 購入: 2人 クリック: 27回
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『特捜部Q―カルテ番号64』

シリーズ第4弾。さすが回を重ねるごとにスケール感はアップし面白さも増幅していく。今回は警察本部内にたちの悪いインフルエンザが流行っているというノッピキナラナイ状況からはじまる。

このてのシリーズ物を読んでいて読者がうれしいのは、Qのただひとりの警部であるカールと助手のアサドと秘書のローセといういわば主人公ズッコケ3人組ともいえる捜査チームが、ケンカしつつもまがりなりに信頼し合うようになり次第にチームワークが固まっていく過程が見られることだ。

それに本書のなかでもはっきりと触れられているが、新設部署として着実に実績を積み上げてきたことをもはや他部署も看過できなくなったこと。そういうのって小説のなかの出来事とはいえまるで自分の手柄のようにうれしい。

だが今回の敵は(というか犯罪は)いままででいちばん厄介で手強かった。なにしろ全編540ページあるうちの最後の40ページになっても事件はほとんど解決してないに等しくて、結末がまったく予想つかなかったのだから。いっとくけど、だからといって土壇場で急場しのぎの強引な幕引きをしたり辻褄合わせをしたりとってつけたようなご都合主義を捻り出したりということではなく、そこに至るまでのていねいな積み重ねの上に成立し得たアッと驚くような結末をちゃんと用意していた。

そしてあいかわらず現在と過去に起きた事件、過去の事件を誘発したもっと以前の過去の事件が縦横に入り組んで語られる。「時間軸の魔術師」(と著者のことを僕は勝手にそう呼んでいるが)の面目躍如たるところだ。

今回メインターゲットとなる事件は同時期に起きた(と思われる)5人ものいっけんなんの関連性もない(と思われる)男女の失踪事件です。カールたちQの面々はこの事件を追ううちに、どうやらもっと大きな組織犯罪にたどり着きそうな予感がしてくる。それはデンマーク・スプロー島にかつて存在した「女子収容所」とそこで行われてきた強制不妊手術の実態だった。そのことはひいては優生学に基づく人種政策に通ずるものだ。

シリーズはじまって以来の重いテーマにも驚くが、なんと「女子収容所」はつい50年ほど前までスプロー島に実際に存在し、そこでは法律や当時の倫理観に反した女性や軽度の知的障害のある女性たちを隔離し、不妊手術を行うまでけっして島から出してもらえなかったという、その事実に驚愕する。(つまり実話だった。しかもデンマーク政府はこうした人権侵害にあった人たちに対していまだに賠償金の支払いも謝罪も行っていないという。どこの国にもこういう問題が隠されている)

小説ではこの組織犯罪の背後で一部の秘密結社的な極右勢力が暗躍しており、そのメンバーがデンマーク社会のあらゆる部門や部署や階級に広がって、さらには政党をつくり候補者を擁立して次の選挙に打って出ようとしている。そして創設メンバーで代表というかとにかくいちばん悪いやつがなにやら例の5人の失踪事件にも絡んでいるようだと、そこらへんの謎にまでQはどうにかこうにかたどりつくのだった。さて――

なんか予想外の深刻なテーマなんだけど、そこはまあカールとアサドとローセのけっして上品とはいえないユーモアに救われるというか、不謹慎だといわれるかもしれないが、逆に彼らのユーモアがかえってテーマの深刻さをいっそう際立たせる結果につながっていると思う。

それにしてもカールはいつにもまして手一杯だ。かつてカールと彼の同僚を襲ったアマー島の未解決事件のこと、別居中のヴィガとの離婚問題、アサドとローセの正体、カールの従兄ロニーの(カールの叔父さんの死に関する)虚言、恋人モーナとの関係、それに現在抱えている難事件とインフルエンザ。

主人公カールというのはいったいどんなやつなんだい? という質問に答えるのにちょうとおあつらえ向きな個所を本文中に見つけた。警察本部ですれ違った同僚から「調子はどうだ?」と声をかけられたカールはこんなふうに返す愛すべき男なのだ。

「最高だ。だけど、今日は月曜だし、未来の元女房がクリスマスのガチョウみたいに俺のはらわたを抜き取っちまったし、最愛の恋人は他の男と寝てるし、俺の家は夜中にもうちょっとで吹き飛んじまってたところだし、この警察本部のくそいまいましい問題はちっとも減らないし。だが、そんなことを除けば、俺は元気だ。少なくとも下痢は治まった」

なんだかんだいってもこの主人公の魅力に惹かれて最後まで読んでしまう。あと一貫して殺人課の課長ヤコプスンが、しょっちゅうカールを口汚く怒鳴りつけてはいるがカールのことを信頼し心配もしているのが垣間見えて、僕はそこもすごく好きなところですね。 

特捜部Q ―カルテ番号64― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

特捜部Q ―カルテ番号64― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

  

 

『特捜部Q―知りすぎたマルコ―』

シリーズ第5弾。もはや安定の面白さ。前作で瀕死の重傷を負った相棒アサドが驚異の回復力を見せて捜査に復帰した。そうかと思えばカールのかつての相棒ハーディまでもが奇跡的な回復の兆しといううれしいサプライズがあった。ただし例の事件の捜査に進展はなし。

そしてなにかとカールを庇ってきた殺人捜査課課長のヤコプスンが一身上の都合で退職し(残念!)、代わりに昇進するのがカールとはどうもそりが合わないエリート副課長ビャアンだというショッキングな出来事もあった。

もうひとつ。新入りでビャアン肝入りのゴードンという若者が登場。よりによってこの男が特捜部Qの業務管理担当になるという。ますますカールのイライラの種は尽きないが、読者としては楽しみがまたひとつ増えた。思い返せばアサドもビャアンの推薦で特捜部Q入りしたのだから、今後はビャアンという男からも目が離せなくなるかもしれない。あとどうでもいいことだけどカールは恋人モーナにふられる。でもさっそく新しい恋人ができた?

というようなことをいくつ書き並べてもそれは本作のストーリーとはなんら関係ない。単なる内輪話のようなものだ。なのにシリーズを読みつづけてきた読者の多くは、僕と同じように驚いたりよろこんだりするだろうなあと想像するとついつい顔がほころんでしまう。まるで誰かに宛てた手紙に重要な極秘情報をそっとしたためているような、そんなくすぐったく幾分誇らしい気分でこれを書いてます。

毎回飽きさせないように登場人物にも新鮮な風を吹き込み、シリーズ第1弾から引っ張り続ける謎もちょっとずつ小出しにして好奇心を繋ぎとめ、特捜部Qというひとつのチームが固くある意味柔軟に結束していく過程をユーモラスに見せてくれる著者の手腕はそうとうしたたかだ。

Qが解決した以前の事件のことを今作の登場人物たちの口の端に上らせたり、彼らがいる場所の背後のテレビや新聞でさりげなく取り上げたり、Qという捜査チームがあたかも実在するかのようなリアルさを浮き立たせ、事件や捜査に連続性や継続性を感じさせる手法もあいかわらず上手い。

しかも(ここ肝心だけど)一作ごとにデンマーク社会の異なる闇に深く切り込んだテーマを絞っていく。こんどでいえばアフリカ開発援助資金の不正流用と外務官僚の失踪事件に、銀行の頭取や監査役会の会長などの大物経済人が絡んでくる。そこへマルコと呼ばれる少年が巻き込まれた。

というかどうやらいつのまにかこのマルコが大きな渦の中心にいることがわかってくる。マルコはデンマークに不法入国してスリや物乞いをしながら資金を蓄えている集団(クラン)のひとりだ。クランを取り仕切っているボスは自らを神の信託を受けた人間のように見せかける。

ボスは暴力と言葉巧みに仲間の大人たちやクランの少年少女を操る。人殺しも辞さないあくどい連中には違いないが、例によってやつらを体よく利用するもっと悪い人間たちが背後にいる。社会的にはエリートと呼ばれるらしい。そういう胸くそ悪い構図がどこの国にもいつの時代にもあるのだ。

で、マルコがクランを脱走することからこれらの事件が一斉に動き出すわけだ。本来なら闇に葬りさられるはずだったものが白日の下に晒される。このあたたりの展開はいつものように若干捜査が後追い傾向にあって歯痒い。まあそうでもなければストーリーは転がっていかない。

マルコ、華奢そうな見た目とは違いそうとうタフで絶体絶命のピンチでも生き延びる術を心得ている。一方で彼のやさしい心根とふつうに真面目に生きたいと願うピュアな心に打たれる。今作もカールたち特捜部Qの面々というより、マルコによって物語は推進力を維持していくという感じだった。

過去作と比べて事件の残忍さやミステリーの度合いからいえば今作はいちばんライトな印象を受ける。だからってツマラナイというのは当たらない。そのぶん今回にはいたるところに(こういうこと書くのはちょっと恥ずかしいけど)愛があふれていたように思った。それがなによりよかった。デンマークにはクリスチャニアという警察権力でさえ容易に介入できない(かつての)無法地帯があって、そこが舞台として紹介されているのも興味深い。  

特捜部Q ―知りすぎたマルコ― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

特捜部Q ―知りすぎたマルコ― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

   

  

『特捜部Q吊るされた少女』

シリーズ最新作。昨年の11月に発売された。実は僕はいまこれ読んでいる最中です。 

特捜部Q―吊された少女― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

特捜部Q―吊された少女― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

  

 

ミレニアムシーリーズ(スウェーデン)

『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』

スティーグ・ラーソン『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』(上下巻)を読み終る。スウェーデンのミステリ小説。北欧のほとんど馴染みがない人名がたくさん出てくる話がそれほど読み易いわけではないが、苦戦するのはせいぜい上巻の途中までで、下巻はそれこそ寝る間も惜しんで読んだ。

主人公は経済雑誌『ミレニアム』の発行責任者ミカエル。「ミレニアム」というのは小説のタイトルにもなっているくらいだから重要な意味を持つネーミングだと思うのだが、その点については恐らく本文中でなんらかの説明がなされた記憶がない。あるいは読み落としかもしれない。

ミカエルはスウェーデンの実業界でいまもっとも幅を利かせているヴェンネルストレムという男の不正を暴く。ところがこれは一杯喰わされたガセネタで、ミカエルは裁判で名誉棄損の実刑判決を受けることに。そこへ救いの手を差し伸べたのがかつてはスウェーデンで一、二を争う大企業グループの前会長ヘンリック・ヴァンゲルだった。

ヘンリック(と彼の専属弁護士)から、しばらく『ミレニアム』から離れている間、私の自伝とヴァンゲル一族の歴史を一冊の本にまとめる仕事を引き受けてくれないか、という申し出がある。その対価として相応以上の報酬とヴェンネルストレムの不正の証拠を引き渡してもいいという取引だったので、ミカエルはその申し出を受けることにした。

しかし、表向きの用件はそうでも、実際の依頼は一族が住む島から40年前忽然と姿を消した少女ハリエット・ヴァンゲル(ヘンリックが実の娘のように可愛がっていた)の失踪事件の真相を究明することだった。――というような話です。ずいぶん長くなったが、いうまでもなくこれは全体のあらすじなどではなく、序章というか単なる舞台設定に過ぎない。

で、ミカエルの調査、というか探偵稼業の相棒として登場するのがサブタイトルにもあるドラゴンのタトゥーの女ことリスベット・サランデル。職業はいちおう調査会社にフリーランスで雇われていることになっている。また少々長くなるけど、リスベットがはじめて登場する印象的な場面を引用してみる。

アルマンスキーには、いちばん腕のたつ部下が、髪を極端に短く刈り、鼻と眉にピアスをつけ、拒食症のようにやせた青白い肌の娘である、ということがいまだに不思議でならなかった。彼女は首に長さ二センチのスズメバチのタトゥーを入れ、さらに左の二の腕と足首のまわりにも帯状のタトゥーをしている。彼女がタンクトップで出社したとき、アルマンスキーはその肩甲骨にいっそう大きなドラゴンのタトゥーがあるのを認めた。もともと赤毛の髪は、カラスのような漆黒に染められている。いつ見ても、ハードロックのミュージシャンとまる一週間、乱痴気騒ぎを続けた直後のような様子だった。(註・アルマンスキーは調査会社社長)

彼女は見た目も上記のようにアレだけど、かつては精神異常者の烙印を押され施設にも入れられており、実はいまでも後見人がつけられてれている。上巻はまだミカエルとリスベットのふたりが別々に語られるが、下巻に移りこの二人が出会うや否や、たたちまち怒涛の展開を見せる。

あとはもう手がつけられない感じ。ミステリは一気に加速度を増して面白くなる。馴染みがない人名がたくさん出てくるとはじめに書いたけどそれも大丈夫。というか主人公のミカエルでさえヴァンゲル一族の人々が親兄弟いとこたちまで併せると何十人も出てくるので同じ名前ばかりで混乱すると漏らすくらいだから。

ちゃんと家系図も用意されているし、依頼主のヘンリックとミカエルが整理した疑わしき人物の一覧表や、島の地図だっていつでも頼ることができる。あ、疑わしき人物の一覧表というのは、失踪したハリエットという少女は誰かに(恐らく一族の中の誰かに)殺されたに違いないというのが依頼主ヘンリックの見立てなのだ。遺体が見つかってないにもかかわらず。

つまりね、お楽しみというか回り道というか肉付けというかいろいろあるんだけど結局のところ「ハリエット殺人事件の犯人は誰か」というミステリの核心部分が最初から最後までいっさいブレないところが、この小説の真骨頂のような気がする。

そしてそのためのお膳立ては十分過ぎるほど揃っている。ヴァンゲル一族の大部分が暮らす島と本土を結ぶ唯一の橋が、ある事情により40年前の事件当日一時的に閉鎖され島は孤島のようになっていたこと。となると限られた場所に閉じ込められた人物の中に犯人はいるはずだ。

事件の謎を解明していく過程において、ヴァンゲル一族の各々の血塗られた過去が明らかになっていくのもそう。同時にそれはスウェーデン国内のみならずヨーロッパ大陸全体を覆う戦争という暗部(たとえばユダヤ人差別に見られるような)を深く抉るような調査になること。新興企業の不正や陰謀、かつての大企業の没落の様も明るみになっていく。ハッキングなどに代表される凄まじいインターネットの情報戦や物理的なスパイ戦やセキュリティ関係の話。暗号解読なんてのも事件の重要なファクターとして出てくる。

具体的な舞台となるのは、ヘンリックが一人で住む大豪邸、雪に埋もれたゲストハウス、本土と島を結ぶ橋、教会、岬に立つ別荘、海を見下ろす断崖(酔っぱらって落ちて死んだ人もいる)、一族の祖先が眠る納骨堂、地下室。夏至祭、バス、ボート、依頼主の元に毎年届く押し花、聖書、古い写真、手書きのメモ、ノートパソコン、猫、動物の死骸などなどいかにミステリを盛り上げる小道具には事欠かない。

あやしい人物がこれでもかってくらい出てくる(笑)。依頼主はもちろん、かつてのナチ親衛隊や、地元の政治家、リスベットの後見人、ミカエルに接近してくる女性、ハリエットの母親、ハリエットの実兄で現ヴァンゲルグループの会長、仲がよかったいとこ、依頼主の専属弁護士、使用人、雑誌の編集補佐、ただの通りすがりの人まであやしく誰が犯人でも共犯者でもおかしくない。――でも島中捜索しても見つからなかったというハリエットの遺体はどうなったのか?

他にも見所はてんこ盛りで、ミカエルの共同経営者エリカと(エリカの夫と)の奇妙な三角関係(友情か愛人関係か腐れ縁か)も面白いし、リスベットの暮らしぶりは凄惨だし、それに興味深い過去がありそうで、なんといってもミカエルとリスベットの恋愛模様(?)も当然絡んでくる。この二人がぎこちない関係から紆余曲折を経て、どうにか信頼関係のようなものを築き上げていく過程が読んでいてコミカルであり、おどろどろしい事件にあっては颯爽とした一陣の風のような気分なんだよね。

まあ要するに殺人事件を本流に、政治・経済問題から負の歴史問題から、宗教、恋愛、裁判、後見人制度、雑誌編集事情、親子関係・兄弟姉妹関係、性の問題、都市と自然、おいしそうな食べ物、インターネット、盗聴、狭い村の噂話に至るまで、なんでもあってそのどれもがおざなりな描写ではない贅沢さ。なかには暴力行為や強姦など、はなはだしい女性蔑視や性を冒涜するような場面もあまたで、気が滅入ることも否定しませんが。

ドラゴンタトゥーのリスベットが最初の印象から僕はどんどん可愛らしく感じていく過程がよかったなあと思った。でもそれは改めて考えると、女性は可愛らしいといいのか? 僕自身が見てくれの偏見や差別意識が少しずつ変化していったということなのか? と思うといささか憂鬱になる。

そんな僕と違って主人公ミカエルはそういう偏見が極めて薄い心優しく誠実な人柄で、だけどスーパーマンではないところが逆にいい。なんといってもこの人の行動力と洞察力が事件の謎解明に向かってぐいぐいと舵を切っていくダイナミズムになるのだから。

各章がカレンダーに沿って進行していき、調査はその年のお正月の氷点下20度30度という極寒の頃に始まり、ミカエルは春に一刻服役する。事件があらまし解明するのが夏、エピローグがまた足早に冬に向かう頃という一年間の物語。ちょうど事件の舞台となった村を埋め尽くした雪が融けていくのに歩調を合わせるかのように、この不可解な殺人事件を覆った謎も解けていくという気の利いたタイムテーブルなのだ。参りました。超おもしろい! 

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

  • 作者: スティーグ・ラーソン,ヘレンハルメ 美穂,岩澤 雅利
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2011/09/08
  • メディア: 文庫
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『ミレニアム2 火と戯れる女』

面白いという以外の言葉をが見つからない。感想はそれだけでもう十分な気もするが、あんまりなのでもう少しなにか書いてみる。『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』の続編。今度の事件は1とはまるで無関係ながら登場人物の多くは1からそのまま引き継がれるので、もし読むなら順番どおりの方がいいかもね。

で、その事件ですが、主人公ミカエルが発行する雑誌『ミレニアム』に、フリージャーナリストのダグ・スヴェンソンと彼の恋人が調査・執筆した人身売買と少女売春に関する記事が掲載されることになったのが発端。

少女たちは国外から強制的に連れてこられ、売春の顧客の中にはスウェーデン国内の警察官、裁判官、弁護士、ジャーナリストも多数含まれるという。記事は彼らを実名で告発しようとするもので、そうなれば一大スキャンダルに発展すること必死だ。ミカエルはダグへの後押しと協力を惜しまなかった。

その最中、無残な殺人事件が起こる。――と、これ以上は書かないが、例によってたちまちミカエルは窮地に陥る。しかも今回スペシャルで面白いのは、よりによってあのドラゴン・タトゥーの女ことリスベット・サランデルが、殺人事件の犯人として指名手配されてしまうのだ。証拠も十分揃っている。

リスベットのことはよもや忘れようがない。1を読んだあとも彼女の印象は強烈にぼくの記憶に刻まれたままだ。髪を極端に短く刈り、鼻と眉にピアス、拒食症のようにやせた青白い肌。身長155センチ足らずと小柄。女の子と見まごうばかり。なのに首にスズメバチのタトゥー、背中にはドラゴンのタトゥー。

今回の主人公はある意味リスベット・サランデルだといっていいと思う。それもそのはず、彼女の謎に包まれた半生が(というほど年を取ってるわけではないが)ついに明らかになる。それが今回の人身売買をめぐる事件とどうかかわってくるのか? リスベットは本当に殺人事件の真犯人なのか?

ミカエルとリスベットは同じ街のすぐそばにいるのにすれ違いばかり。というかリスベットがミカエルを避けているふうで、1ではあれほどピッタリ息が合ったふたりの心が通わない。そのせいかリスベットがとっても孤独に思える。歯痒くてもどかしくて悲しい。もう一度ふたりが協力し合って事件を解決する日は来るのか。祈るような気持ちで僕はページをめくっていた。もっとも彼女は誰の助けがなくてもたったひとりで敵と立ち向かっていく強い女性なんだけどね。

リスベットに限らず、彼女の恋人ミリアム・ウーも、『ミレニアム』編集長のエリカも、女性刑事ソーニャ・ムーディングも、とにかく女性たちがみんな逞しくてかっこいい。それにくらべて男たちは理屈ばかりこね、大口叩いて、そのくせどこか煮え切らない。同じ男としては「うへー」という感じがなきにしもあるずだが、女性たちがイキイキしている小説は小気味いいよね。一方でその女性が虐げられモノ以下として扱われるのが本書の骨子だ。そのことに憤慨もし、思わず目を背けたくもなるのだけど。

リスベットを追う警察組織も決して一枚岩ではないところが重層的で面白い。捜査チーム内にも残念ながら女性蔑視という考えが根強くあるのだ。リスベットがかつて所属したアルマンスキー調査会社も彼女の指名手配を受けて動揺する。結束の固い『ミレニアム』編集部内にもまた別の問題が持ち上がって。

上巻の半分くらいまではさしたる事件も起こらずわりあい長閑に進むのがこのシリーズの常套なのか。『ドラゴン・タトゥーの女』のときと同じようなパターンで、上巻の終わりごろから下巻にかけて急転直下、まさにジェットコースターのような展開になる。
あるいはハーレーダビッドソンで疾走する感じといい換えてもいい(僕はハーレー乗ったことないですが、この喩えは本作を読めばわかると思います)。とにかく前作より数段にアクションやスピード感やスケールが増した。

ソ連時代のスパイとか話もどんどん大きく膨らんで、いったいどう収拾つけるのかとさすがに不安になってくる。でも最後には「まさかそうきたかー!」と思わず膝を打ってしまった。そしてまだ完全には終わらないよ。なんと3に続きそうな気配なのだ。 

ミレニアム2 火と戯れる女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ミレニアム2 火と戯れる女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

  • 作者: スティーグ・ラーソン,ヘレンハルメ美穂,山田美明
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2011/11/10
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ミレニアム2 火と戯れる女(下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ミレニアム2 火と戯れる女(下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

  • 作者: スティーグ・ラーソン,ヘレンハルメ美穂,山田美明
  • 出版社/メーカー: 早川書房
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『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』

実はミレニアムシリーズは著者急死という不幸な事態によりこの3で終わってしまうわけだが、いまになってみると1の『ドラゴン・タトゥーの女』はまだほんの序章に過ぎなかったんだなあといわざるを得ない。

それくらい『2 火と戯れる女』と、ストーリーの展開上明らかに後編に当たる『3 眠れる女と狂卓の騎士』の面白さはとりわけ格別だった。いかにシリーズ4作目以降の作品が待たれたことか。残念なことにそれはもう永久に叶わないのだ(別の著者でという企画はあるようだが)。

3のあらすじを書くことは、即ち2のネタバレになってしまうことを意味するので、どうしたってモヤモヤしたことしか書けない。以下せめて雰囲気だけでも感じとってください。

2で起こった一連の凶悪な殺人事件の犯人をストックホルム警察はすべてリスベット・サランデルの犯行だと断定した。一旦はスウェーデン全土に指名手配の配備を敷いたが、リスベットの無実を信じるミカエルらの調査の結果、いろいろと不可思議な点が見つかる。

その動きと呼応するかのように、警察内部でもひょっとしたら真犯人はほかにいるのではないかと疑う声が出始めた。さらにミカエルは独自に調査を進める過程で、高名な精神科医や事件の捜査を担当する当事者の検事までをも巻き込んだ国家公安警察内部の特別班の存在を突き止める。

彼らがかつて手を染めた犯罪と、そしていまも暗躍する巨大な陰謀の解明にミカエルは挑んでいく。協力者も次々と現れ、最終的にはリスベットの罪状を結審する裁判にまでもつれ込むことに。彼女の弁護人を務めるのはミカエルの妹アニカ・ジャンニーニと役者は揃った。

この法廷の件は心底胸が熱くなって、痛快は痛快なんだけど、途中で例の後見人のレイプ犯罪の証拠となるビデオを再生する場面で、「いいわね?」と念押しするアニカに対して「もう済んだことだから」とリスベットが無表情で答えるところで僕は図らずも涙ぐんでしまった。「この事件の核心は結局のところ、スパイとか国の秘密組織とかじゃなくて、よくある女性への暴力と、それを可能にする男どもなんだ」というミカエルの台詞こそ、紛れもなくこのミステリ小説の核心をも見事にいい当てた明快な言葉だったと思う。

一方リスベットのみならず今回エリカまでもが変質的なストーカーの被害に遭う。そんなとき彼女を身を挺して守るのがスザンヌというアルマンスキー警備会社の女性警備員で、感謝したエリカが「いつか助けが必要になったら私を思い出してね、必ず力になるわ」というところも僕は非常に好きなところ。

そしてやはりここでもリスベットがいわば恋敵のエリカの力になるのだった。2の感想でも書いたが、苦境に陥った女性たちの活躍が目立つのがこのシリーズの特徴で、裏返せばそれだけ彼女たちが社会で虐げられてるということでもあるのだが、シリーズ通して読むことで多くの女性に勇気を与え、男性には厳しい警告を発する書になったことは間違いなさそうだ。

ごく大雑把に3部作をまとめると、ミステリありアクションあり、経済小説や政治小説の側面もあり、もちろん警察小説で同時にスパイ小説、おまけに法廷小説でもある。ハッカーや警備、出版にも造詣深く、ハードボイルとハーレクインの要素も併せ持つ。まったく盛りだくさんで手を変え品を変え少しも飽きさせることがない。

3部作通して主人公は『ミレニアム』編集発行人ミカエルだろう。にもかかわらず物語の中心にいるのはいつも身長150センチそこそこ、どう見ても15歳くらいの女の子にしか見えないというリスベット・サランデルだ。そのくせ顔中ピアス背中一面にはドラゴンのタトゥーがあり、3ではとうとう豊胸手術まで受けている。そのアンバランス加減がなんともキュートだ。

という前提はひとまず置いといてね、シリーズを順を追って読んでいくと、それでもやっぱりミカエルという男がいかに魅力的かということがじわじわと沁みてわかってくるのだ。彼は決してスーパーマンではなく欠点もたくさんある。なのに悔しいことに女性にモテモテ。セックスが上手いというのもある。

だからはじめのうちは絶対友だちにはなれないタイプかもなんて思っていたけど、シリーズを最後まで読み終って、案外「いいやつかもね」と評価が変わってきたのは、僕がこの短い期間に本書とともに成長したってことだろうか――でももうそれも3巻で完結してしまった。

リスベットの双子の妹の存在はきっと4以降につながる話だったに違いないし、お金を湯水のように使ってもびくともしない大金持ちになったリスベットの財産が、このまま無事では面白くないだろうから、資産管財人がなんらかの事件か陰謀に巻き込まれるという展開も十分期待できただろう。返す返すも残念だなあ。

「まったく、この件には登場人物が多すぎてわからなくなりそうですよ」読者の声をまさにその登場人物のひとりであるミカエルが代弁してくれるという細かいサービスぶりも、僕は『ミレニアム』の楽しみのひとつだった。 

ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士(上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士(上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

  • 作者: スティーグ・ラーソン,ヘレンハルメ美穂,岩澤雅利
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2011/12/05
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ミレニアム3  眠れる女と狂卓の騎士(下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士(下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

  

 

『ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女』

別の作者で完成したという同作の翻訳は、昨年12月に発売済みなのですが、残念ながら僕は未読です。いずれまた読んで感想を書きたいと思います。 

ミレニアム 4 蜘蛛の巣を払う女 (上)

ミレニアム 4 蜘蛛の巣を払う女 (上)

  • 作者: ダヴィドラーゲルクランツ,スティーグラーソン,ヘレンハルメ美穂,羽根由
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2015/12/18
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ミレニアム 4 蜘蛛の巣を払う女 (下)

ミレニアム 4 蜘蛛の巣を払う女 (下)

  • 作者: ダヴィドラーゲルクランツ,スティーグラーソン,ヘレンハルメ美穂,羽根由
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2015/12/18
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エーランド島4部作(スウェーデン)

『黄昏に眠る秋』

あ、という驚きのラストだった。凝ったトリックとか派手さはちっともないけれど、反対に渋くて物語というものをじっくり堪能した。これが北欧ミステリーの傑作といわれるの、わかるわかる。著者はヨハン・テオリンさん、好きだわー。

二十数年前の霧深いエーランド島で起きた幼い子どもの失踪事件。いまなおその悲しみを引き摺って生きる母親。失踪した幼子の祖父の元へ郵送されてきた片方のサンダル。あのときの事件が再び動き出す――。

現在と過去の2つのストーリーが交互に展開してだんだんシンクロしていく過程にドキドキさせられる。そんなのよくある手だよと思うかもしれないが、物語のはじめにある意味結末の一歩手前が書かれているのでどうやってそこにつながってゆくのか、そしてそれは真実なのか、とずっと心に留め置きながら読み進めることができるのだ。

登場人物のほとんどがとっくに「死」というものを意識した老人たちで、彼らは(彼女ら)彼らの人生といっしょでいまさらもう決して急がないし慌てないし、そうしたくてもなにしろ体の自由が利かない。場合によっては記憶の底に多くのことを忘れてしまいたがっているし、ことを荒立てたくないと思っている。万事彼らのペースだから真相解明ももたつくことに。

このへん、原題の意味はわからないが日本語タイトルから想起させされるイメージと舞台となるエーランド島の(夏の別荘地は秋の訪れとともに閑散として人影がない)自然描写、青い帳が下りる直前の黄昏どきの哀愁や心細さが幾重にも重なって見事だなあと思った。

なかなか真相にたどり着く手掛かりを明かさないイェルロフ(父親:失踪した子どもの祖父)に向かって、「いつも秘密主義じゃないと気が済まないのね」「自分が重要だと感じたいから?」とイライラを募らすユリア(娘:失踪した子どもの母親)。イェルロフはそのことを自分でもどこか意識しながら「わたしはうぬぼれてるんじゃない」と答えたあとこう言うのだ。

「物語はそれぞれの歩調で話すのがよかろうと思ってるだけさね。むかしは、みんな、いつも時間をかけて物語を紡いだが、いまではなにもかもが、さっさと済ませねばならなくなって」 

『冬の灯台が語るとき』を含めゆるやかな4部作、うち2作が翻訳され発売済み(註:この時点で)、というから一日も早く残りの2作品の翻訳が待たれる。 

黄昏に眠る秋 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

黄昏に眠る秋 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

  

 

『冬の灯台が語るとき』

これ大傑作だよ。すっごく面白かった。舞台はスウェーデンのエーランド島。双子の灯台を望む屋敷に移住してきた一家に思わぬ悲劇が襲いかかる。季節はクリスマスに向かって一年でいちばん厳しい時期。冬の間は管理者がいない別荘を狙う空き巣たち。主人公一家の身内につきまとう昔話。双子灯台や屋敷にまつわる古くからの言い伝え。クリスマスに帰ってくるという死者たちのこと。ブリザードに代表される北欧の厳しい自然環境。そういったいくつかの物語が静かに静かに潜行して先の方で少しずつ絡まってくる。

ミステリーでありオカルト風味もありゴシックロマンのようでもある。もうこのままうっちゃって置かれるのかなあと思っていた話までも鮮やかに回収していく手際も見事だった。ラストで一気に謎が解き明かされてゆく展開はまさに固唾を呑んだ。いまだ深い余韻が広がっています。

主人公がこれまた寡黙でストイックで意志の強い男なのだ。かっこいい。僕みたいなお喋りでヘラヘラした根性なしとは全然違う。それでも一時期弱気の虫が顔を出すことがあってそこがまた却って魅力的だった。奥さんと子どもたちのこと、とことん愛しているのもよかったなあ。ゆるやかなエーランド島シリーズの第2弾。 

冬の灯台が語るとき (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

冬の灯台が語るとき (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

  

 

『赤く微笑む春』

すごくよかった。この場合、楽しいとか面白いというより、やはり「よかった……」がいちばんしっくりくる。最後に本を閉じた瞬間のため息だけは僕のものだと思った。ひとり占めできるしあわせ。あとは全部誰かにあげてもいい。

ハヤカワのポケミスだから、大きなジャンルで括ればミステリなんだろうけど、犯人が誰かとか、動機はなんだとかそういう話でもないよなあ。もちろんその部分が先を読んでいくための推進力になっているのは間違いないが、それよりも人間の愛情や優しさ、反対に残酷さや狡賢さを、ひとつひとつ飾らずに穏やかに淡々と描写していくところが実になんとも心地よかった。

舞台はノルウェーのエーランド島。妻と別れた男がいて、彼にはとうの前に決別したはずの父親と、別れた妻との間にたまに一緒に過ごす双子の子どもたちがいる。夫との仲がぎくしゃくしている女がいて、彼女の傍らにはいつも目の見えない老犬と、ずっと昔に死んだ父親の記憶がある。それぞれ、失われてしまった過去、葬り去りたい過去を否応なしに遡るうち、いつしかふたりの現在が交錯する。

伏線ともわからないような伏線が、あとから少しずつ丁寧に回収されていく過程には目を瞠る。それでも残った不可解な出来事については、こんな言葉であっさり幕を引くのだ。

「そういうことにしておこう。この世界のなにもかもを知る必要はない。」

具体的なストーリーについて思い出したければ、いつでも本の裏表紙を見ればいいし、ネットで検索すればいくらでも出てくるだろう。まあでも、この本のよさはそんなところとは別のところにあったようだよ。例えば―、

ふたりのあいだにはもう愛がない。優しさがあるだけだった。

などという記述に、うっとりするわけです。

僕がいちばん強く興味を惹かれたのは、妻に先立たれた老人が死んだ妻の日記を盗み見るところだ。この場面はときおり本筋に挿入される。

老人には後ろめたい気持ちはあるものの、結局誘惑には勝てなかった。自分で燃やすこともできただろうに、それを妻は夫である自分に委ねた。つまり、こうして読まれることをどこかで許してくれていたのではないかという自己都合な理屈さえこしらえて。

そうして読んだ妻の古い日記には、誰にも話せない驚きの秘密が書かれていた。こっちまでその内容にハッと息が詰まる。夫と子どもたちが出かけて留守のときだけに現れるトロールやエルフ、そして取り替え子。彼らに黙って牛乳とビスケットを与える妻。代わりにそっと宝石が玄関先に置かれている。「そんなものほしくないわ。全部持ってかえって!」と、妻は取り替え子を追いかける。

取り替え子とは、Wikipediaによると、「ヨーロッパの伝承で、フェアリー・エルフ・トロールなど伝承の生物の子と、人間の子供が秘密裏に取り替えられること、またその取り替えられた子のことをいう。」とある。取り替えれれた子どもは、精神的あるいは肉体的に著しく弱かったり、 知恵遅れが見られたり逆に知能が並はずれていたりして、世間からはのけ者として育てられたりもしたのだろう。こういう実に哀しい話が、本書のミステリーと複雑に絡まってくるのだった。

一方では、伝承のエルフが現れるとされる場所にそっと硬貨や宝石を置いて、一心に願いごとをする女の姿が神秘的にせつなく描かれる。最初は取るに足らないような小さな願いごと、そのうちだんだん大きくなり、とうとうあからさまに誰かの「死」や、反対に誰かの「生」を願ったりするようになる。取り返しがつかないことになるのを知りながら、怯え、でも願わずにはいられない。そんな悲しい性(さが)についても僕は思いを馳せる。

肝心の謎解きの部分が最後にバタバタと押し寄せて来るのが玉にキズといえばそうかなあ。それ以前のゆったりとした語り口に比べたらね。ま、サービスの範疇ですが。タイトルには春とあるが、ちっとも華やかな浮ついた話ではないよ。むしろ胸詰まらされるつらい過去や、目を覆いたくなる人間のエゴイズムばかりが掘り起こされる。ただ、結局こうして生きていくよりほかない、というか、それでも救いがないことはない、と思わせてくれるのがいいですね。 

赤く微笑む春 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

赤く微笑む春 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

 

『夏に凍える舟』 

 夏のエーランド島を舞台にしたシリーズ4作目(最終章)『夏に凍える舟』は、今年の3月に発売されていますが、残念ながら僕は未読です。是非近いうちに読んで感想を書きたいと思います。 

夏に凍える舟 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

夏に凍える舟 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

 

 

番外編:ムーミンシリーズ(フィンランド)

ムーミンシリーズはもちろんミステリではない。しかしながらやはり北欧を代表する小説シリーズには違いないので、あくまで番外編ということで。ごく初期のころ作者のトーベ・ヤンソンが自分のサインの横にちょこっと描いていたイラストのようなムーミンの原型は、当り前かもしれないがいま僕らが知っているムーミンとはずいぶんかけ離れて、少し怖い感じがする。彼女はルイス・キャロルやトールキンのホラー的な要素に惹かれていたというから、それも頷けるというものだ。

実際、講談社文庫の『ムーミン』シリーズを読んでみると、トーベのホラー好きな一端がほんの少し理解できるような気がした。テレビアニメで見るような、のどかで癒されるあのイメージだけを想像するのは大きな過ちだ。とくに第1作めの『小さなトロールと大きな洪水』や第2作めの『ムーミン谷の彗星』は、まぎれもなく暗雲に覆われた感じがして、ホラーとまではいわないけれど限りなくそれに近いテイストがある。

なにしろ物語の始まりからしてムーミンとムーミンママが大きくて暗い森のいちばん深いところを彷徨っているのだ。ムーミンパパはにょろにょろたちに騙され、どこかへ旅に出て家族は離れ離れ。ムーミンとママは住む家もないというありさまだった。彼らがいったいどこから来たのかも実は詳しく明かされていない。

もちろんこんなことはシリーズのどの作品にも一行だって書かれてないけれど、誰が読んでもこれは戦争が作品に暗い影を色濃く落としていることがわかる。『ムーミン谷の彗星』に至っては、赤い尻尾を持った彗星が地球にぶつかりいよいよ地球が滅びてしまうから、ムーミンたちは慌てて洞窟へ逃げ込むという話なのだ。子どもに読ませる童話にしては、どう考えても怖すぎる話だよね。

ちなみに『彗星』ではスナフキンがはじめて登場する。ムーミン好きな人に聞くと大概の人がスナフキンに憧れるというが、それが素直に頷ける理由がここに描かれている。ムーミンやスニフが崖の下にガーネットがたくさん落ちているのを見つけ、欲張りなスニフが下りていくと、恐ろしい大トカゲがいてスニフは驚いて一目散に逃げだす。

結局ガーネットをひとつも持ってかえれなかったスニフにスナフキンがこういう。「なんでも自分のものにして持ってかえろうとすると、難しいものなんだよ。ぼくは見るだけにしてるんだ。立ち去るときは、それを頭の中へしまっておくのさ。その方がかばんを持ち歩くよりずっと楽しいからね」と。

ちょっぴり怖いけれど、それでもやっぱり楽しいムーミンシリーズ、機会があったら是非一度読んでみてください。ところでムーミンやスノークやミムラというのは固有名ではなくつまり種族の名前であるというのは知ってましたか? しかもムーミンは巷間囁かれているカバではないし、大きさは「電話帳くらい」のサイズなんですよね。 

ムーミン童話限定カバー版 全9巻BOXセット (講談社文庫)

ムーミン童話限定カバー版 全9巻BOXセット (講談社文庫)

 

 

 

――以上3シリーズ(+番外編)の感想でした。それぞれ書いた時期はもちろん、掲載ブログも異なるので、テンションにもずいぶん差があってそこがまた可笑しいですね。極力ネタバレを避けるため、あまり詳しいあらすじを書いていないせいか、こうして読み返すと自分だけはわかっても傍目にはなんのこっちゃな記述が散見します。いまとなっては書き直したい箇所もたくさんあるのですが、読み終った直後の興奮を伝えたいという思いも同時にあり、できるだけ当時の記事のまま再掲しました。