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されど低糖質な日日

~Ⅱ型糖尿病患者である僕のありふれた毎日~

ゴッホとゴーギャン展、そして初雪

日記

もう先週の金曜日のことになる。東京都美術館で開催中の『ゴッホとゴーギャン展』に行ってきた。南仏アルルでおよそ2か月間の共同生活をしていたことでも知られるゴッホとゴーギャン。だが意外にも2人の画家を並べた展覧会というのは日本初の試みなのだとか。今回はそれぞれの画家のタッチの違いをあらためて浮き彫りにし、同時に刺激を与え受け合ったその関係性にスポットが当てられた。

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展覧会の目玉はゴッホの《収穫》とゴーギャンの《ブドウの収穫、人間の悲劇》あたりか。そのどちらも互いの最高傑作と称え合い、かつどちらもが己の自信作であったという作品。僕の印象で言うと、ゴッホの《収穫》は空の青や屋根のオレンジ、草花の緑と色彩豊かな美しい風景画なのだが、ゴッホというよりどこか山下清画伯の長閑な貼り絵のようだと思った(いやそれはそれで大変素晴らしいのですがね)。一方のゴーギャンの《ブドウの収穫、人間の悲劇》は、やや抽象的すぎてタヒチでの迫力のある絵に比べるといささか物足りないように感じました(なんともナマイキな感想でスイマセンね)。

出品作品のうちのいくつかはかつてのゴッホ関連の展覧会でも目にしたことがあるもので、《タマネギの皿のある静物》は2010年の年末に六本木の国立新美術館で開催された『ゴッホ展~こうして私はゴッホになった』でやはり実物を見ている。当時の日記を久しぶりに読み返したら次のような記述が見つかった。少し長いが引いてみる。

《タマネギの皿のある静物》はよかった。淡い水彩画みたいで。一枚のキャンバスの中に、パイプ、燭台と火のついたろうそく、消印のあるハガキ(弟テオ宛て?)、ワインの瓶、コーヒーのポット、中央には長い芽の出たタマネギ、そして本。館内はうっすら暗く、他の人の背後からよく目を凝らしてその本のタイトルをせいいっぱい盗み見ようと試みたのだが、「○×△□ SANTE」とか、そういうタイトルがかろうじて読めたから、何か健康に関する本なのだろうか。最期は自死したといわれるゴッホだが、この絵の中のアイテム、芽吹いたタマネギと炎の灯ったろうそく、ワインの瓶、コーヒーのポットなどどれをとっても、生きることへの執着が強く見て取れて、僕はいいなあと思うのだ。それからこれはあくまで僕の主観だけど、ピカソやシャガールの絵を見てもあまりそういうふうには思わないが、ゴッホの絵を見ると、なにか自分でも絵を描いてみたい、描けるんじゃないか、という気がしてくるところが不思議である。

いやはや、重ね重ね生意気な記述満載でたらりと冷や汗が流れ出そうな気分だ。ただこの絵に対する印象は当時も今回もあまり変わらない。

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このときの展覧会ではゴッホの《ゴーギャンの肘掛け椅子》も見ている(今回のパンフレットでは《ゴーギャンの椅子》と表記)。これはゴッホによるゴーギャンの肖像画だったとも言われるいわくつきの1枚。肖像画をたくさん描いてきたゴッホが、なぜか一時期アルルの田舎町で共に暮らしたゴーギャンの肖像だけは1枚も描いていないそうだ。そうしたところがこの絵こそゴーギャンの肖像画なのだと言われるゆえんなのだろう。壁の緑がとっても鮮やかで魅力的である。

なお日記によるとその3年後、2013年の年末には同じ六本木の国立新美術館で『〈クレラー=ミュラー美術館所蔵作品を中心に〉印象派を超えて 点描の画家たち ゴッホ、スーラからモンドリアンまで』展というのを僕は見ている。この息切れしそうなほど長い名称の展覧会でもゴッホの点描画が数点展示されていたが、当時の記述によればあまり強烈な印象を残した作品はなかった模様だ。ゴッホみ自画像はたくさんありすぎて、どの実物を見たのか見てないのかもはやよくわからない。

ちなみにこのときゴッホのコーナーにゴーギャンの絵も併せて展示されていた。それは《木靴職人》と《海岸の岩》という、同じキャンバスの裏表に描かれた2枚の絵だということで、壁に掛けての静的な展示ではなく立体的に裏表が見られてるよう工夫が施された展示だった。この2枚の絵がこんどの展覧会でも同様の形式で展示されていて、キャプションを見るとこれは愛知県美術館収蔵の作品だというからあとからいろいろ合点がいった。

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昨日。東京都心で11月の降雪としては1962年以来54年ぶりという初雪が観測された。薄っすらではあったが、積雪に至ってはなんと観測史上初というおまけつき。おかげで昨日今日と、とても11月とは思えない寒さにガタブルと震えている。 そしてまた新しい明日がやってくる。一週間は同じ場所にとどまるところなく綿々と続いていく。されど低糖質な日日である。

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